神道って何? 日本文化の根幹を支える精神の伝承

前回の記事では衣食住をはじめ、すべて外来の物にとって代わられた日本の現代社会は、文化の断絶をおこしており、「このままでは日本人は自国の文化に誇りと自身をもって生きていけなくなってしまう」と思っていた(大袈裟な!)ようなことを書きました。

つまり過去を顧みずに新しい価値観で押し進んでいくから社会に歪みが生じ、悲惨なことになっているのだと思い、日本民族としての同一性、主体性(つまりアイデンティティー)とはなんなのかを考えて、日本文化の根っこの部分に繋がる「神道」を学んでそれに対処しようと、かつて私は決めたのでした。

 

神道を知ってますか?

神道という言葉を読者の皆さんは聞いたことがあるのではないかと思いますが、以前に池上彰さんの番組で街角調査として「神道」という言葉を知っていますかと若者に聞いてまわったところ、「聞いたことない」「知らない」という返答が多く、池上さんが「これをみている神主さんが怒っちゃいますよ」とコメントしていました。

神道を試しにWikipediaで引いてみると

 

神道(しんとう)は、日本の宗教。 山や川などの自然や自然現象、また神話に残る祖霊たる神、怨念を残して死んだ者などを敬い、それらに八百万の神を見いだす多神教。 自然と神とは一体的に認識され、神と人間とを取り結ぶ具体的作法が祭祀であり、その祭祀を行う場所が神社であり、聖域とされた。

  神道 – Wikipedia

  https://ja.wikipedia.org/wiki/神道

 

だそうであります。

まあこれだけ聞いてピンとこないと思います。

神道について知るために私は四年も大学に通っていました

このブログの命題の一つとして神道について世のひとびとに説明するということがあります。難しい試みですが、神道とはなにかをとりあえず説明してみます。

 

神道とは何か?

まず、私が通っていた大学の神道を学ぶ学科を卒業した人がどういったところに就職するかと言いますと、だいたい半分ぐらいが神社に奉職するのではないかと思います。

ということはつまり神道=神社神主とイメージでとりあえずはいいかと思います。

少数派でいうと教派神道や神道系新宗教の後継者(つまり神社じゃない神道の宗教団体教祖や教団代表)や、またごく稀に宮内庁の掌典職など、つまり天皇陛下がお祭りをされる宮中での祭祀に奉仕する方もおられます。

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神社での祈願祭の様子

 

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神道系の宗教団体(世界救世教いづのめ教団)の礼拝の様子 出典:教団フェイスブックより

 

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宮中での新嘗祭 出典:宮内庁ホームページhttp://www.kunaicho.go.jp

 

Wikipediaでは神道は神社神道、教派神道、皇室神道、民間神道、古神道、国家神道に等に分類がなされています。

様々な要素、考えを持った団体や人々を「神道」で一括りにするのは無茶だと思いますので、ひとまず神社神道を軸にして話を進めて行きたいとおもいます。

 

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神社と神

私がなぜ日本のことを知るために神道、神社について勉強しようと思ったのかといいますと、単純に昔からあるもので、神社は日本の基層文化に連なっていると思ったからです。

日本最古の神社といわれている奈良県の大神神社(おおみわじんじゃ)の創建は有史以前といわれ、ご神体を祀る本殿はなく、三輪山という山そのものがご神体とされる神社で、神話の時代から登場する神社です。

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奈良県にある三輪山

 

私の奉職する神社でさえ2000年ぐらい前からあるのではなかろうかといわれていまして、要するに神社とは我々日本人が定住して暮らし始めると同時に発生してきた場所なのだと思います。

神道とは山や川といった自然や自然現象に神を見いだしてきた「自然崇拝」と考えられています。大神神社にしても山がご神体であったり、他には泉をご神体としている神社もあります。

人間は今も昔も、自然に逆らうとろくなことがありません。

文明や技術が発達した今日でも自然災害が猛威を振るい、社会に多くの被害をもたらします。

しかしながら、光、大地、山、川、海、空気、雨、風、動物、植物、虫といった、ありとあらゆる自然の力の恩恵を受けることによって、人は生きていくことができる訳です。

つまり自然は生殺与奪(せいさつよだつ)の権を持っていて、生かすも殺すも自然が決めることと考え、自然を絶対的な力を持った大きな存在、すなわち神と考えていたのではないかと思います。

一方で、神道とは祖霊信仰が基底にあるとする考えもありますが、(柳田国男、小泉八雲ことラフカディオ・カーンなど)そうだとしても、親の親の親の親。そのまた親の親の親の親と祖先を辿ると、人類の発生、生命の発生までいけば、自然そのものに至る訳で、当然のことながら、我々人間も自然の一部なのです。

人はDNAの螺旋構造の鎖によってありとあらゆる生命の経験と記録を受け継いで存在しているということですので、祖先信仰も遡れば自然信仰に行き着くのです。

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我々は現在も自然によって育まれています。

江戸時代の国学者、本居宣長先生は日本の神について以下のように述べられました。

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本居宣長(もとおりのりなが) 享保15年(1730)~享和元年(1801) 「本居宣長六十一歳自画自賛像」

 

さて凡て迦微(かみ)とは、古御典等(いにしえのみふみども)に見えたる天地の諸の神たちを始めて、其を祀れる社に坐す御霊をも申し、又人はさらにも云わず、鳥獣木草のたぐひ海山など、其余何にまれ、尋(よの)常ならずすぐれたる徳のありて、可畏き物を迦微とは云ふなり。

 

ようするに、日本神話に出てくる神様も、神社で祀られている神様も、人も、動植物や海や山といった自然も含め、世の中の尋常じゃない優れた個性的な様々な力を持ち、その力に敬服してしまうほどの対称をカミと定義しています。

江戸時代に出された日本人の神観念に対する定義ですが、未だこの定義に右に出るものはないと言われています。

私は使いませんが、若い方々がネットで「これ作った人、神」とか、「神レベル」とか、「神ってる」など、神がかり的に凄い、素晴らしいコト、モノについてよく「神」という言葉を使いますが、使い方はさておき、感覚的には間違ってないと思います。

日本は古来より極まれるモノに「神」を見出しているのですから。

今回はここまで。

神道とは、日本人にとって神とは何かについてでした。

 

最後まで読んでくださり、ありがとうございました。

 

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