人は何のために生きるのか?

人は何のために生きるのか?

私にとってはとても重要な問題でした。

10代の頃のあの漠然とした不安は、何とも言葉には言い表せない気持ちでした。

私の少年時代は、学校の勉強が苦手な、忘れ物ばかりするのび太くんのような子供でした。

親にはよく「勉強しろ」と言われました。

勉強していい学校に入って、いい会社に就職して、いい給料をもらい、結婚して幸せな家庭を築く。

これが人生のモデルとして提示され、受け入れ、従うように強要されていたように思います。

受験に失敗して、学力の低い学校に行ったらもうおしまいで、人生の取り返しがつかない。

「さあ大変!勉強しないと不幸になってしまう」と脅迫されている気分でした。

勉強の苦手な私は随分と絶望感と苦しみを味わったものです。

今考えれば、人生は何かにつまずいたり、失敗したとしても、そうそう取り返せないものはないと思います。

勉強苦手でも何とか大学進学することが出来ましたが、それは単なる「時間稼ぎ」にすぎませんでした。

自分は何になるのか?

そもそも人は何のために存在して生きるのか

人は誰しもこんなことを一度は考えますが、私の場合はこのことが気になって夜も寝られないぐらい悩んでいました。

 

よし、世の中を変えてやろう!

大人になってもこの問題がずっと気になっていました。

そういう訳で、私は20代の頃はひたすら自分探しをしていました。

仕事は転々として、いま数えたところ12回ぐらいは変わってます。

色んな仕事をしたり、取り組みを続ける中で結局「自分は何が一番やりたいのか」が見えてきました。

結論として世のため人のために、この国と社会のために、世の中を少しでもよくするために身を捧げようと、あとできればこんな世の中変えてやりたいと思うに至りました。

なんでそうなるの!?と思うでしょうか。当然かと思います。

作家の三島由紀夫氏が今から半世紀ほど昔に、テレビのインタビューで以下のように述べられました。

動画の5:49から

「人間の生命というものは不思議なもので、自分のためにだけ生きて、自分のためだけに死ぬというほど人間は強くないんです。

ていうのは人間はなんか、理想なり何かのためということを考えているので、生きるのも自分のために生きることにはすぐ飽きてしまう。

すると死ぬのも何かのためというのがすぐ出てくる。

それが昔いわれた大義というものです。

そして、大義のために死ぬということが人間の最も華々しい、あるいは英雄的な立派な死に方だと考えられていた。

しかし今は大義がない。

これは民主主義の政治形態ていうものは、大義なんてものはいらない政治形態ですから、当然なんですが、それでも心の中に自分を超える価値が認められなければ、生きてることすら無意味になるというような心理状態がないわけではない。」

 

その通りで、私はそれぐらいの対価がなければ生きていけないほど怠け者で弱かったのです。

日本人とは本来、個人的に生きることはできず、全体の中を構成する一人の人間として生きることしかできませんでした。

 

好きなことをする

しかし、「自分を超える価値のために生きる=世のため人のために生きる」方法は、結局自分の「好きなことをして生きる」ことなのだと3年ほど前に気がつきました。

これは一見矛盾しているようにも思えるのですが、人は好きなことをして暮らせば幸せになるのです。

そうでなきゃ退屈して楽しくない。

かなりシンプルで当たり前なのですが、実際に実践するのは難しい。

三島由紀夫さんにしても小説や戯曲を書くことのかたわら、時に映画出演してみたり、軍事訓練やボディービルに没頭したりしていた訳です。

自分の理想を掲げ、好きなことに時間を費やして生きているのは、ほんの一握りの人達だけで、多くは生活のために厳しい労働を強いられているように思われます。

しかし一人一人が自分の描く理想を、少しづつでも実現に近づけていくことで自由で幸せな世の中になるのではないではないかと、ある時分かりました。

一人一人が本気にさえなれば世の中は変わるはずなのですが、今のところ上手くいった試しがありませんね。

そんな話は夢のようなことかもしれませんが、最近は一つの仕事に縛られる働き方から、「ノマド」と呼ばれるような複数の様々な仕事を持つ働き方に変化しつつあります。

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カフェで仕事したりしながら仕事をひとつに絞らない・縛られない、複数の仕事を持つ遊牧民的生き方がノマド

 

私も神主としての仕事だけでは、どうしても伝えきれないことを世に表現すべくブログ記事を作成しています。

宗教、音楽、映画、歴史といった私の好きなことを題材にして記事を書くのは大変楽しいことです。

世の中を変えてやる!ここが悪い、ここをこうすべきだ!などと書き立てても楽しくありませんし、それは他の人にお任せします。

私はこのブログで皆様に「知る楽しさ 気付く楽しさ」を感じてもらい、豊かで平和な世の中作りに貢献していきたいと思います。

 

最後までお読みいただきありがとうございました。

 

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