私と神様との出会い① 重度のアトピー性皮膚炎からの救われ

なんだかヤバいタイトルになってしまいましたが、私とたくさんの神様との出会いについて述べたいと思います。

神様・仏様だらけの家

私の家は明治初期の頃に本家から分かれた分家でしたが、曽祖父の時代に本家の本家である総本家より約300年代々伝わる「神様」を我が家に移し祀りました。つまり遥か昔より代々地域に根付いて暮らしてきた一族の祭祀権を継承したことになります。

なぜそれが可能となったのかは分かりませんが、娘の病気平癒を願って山寺に奉納したとされるお地蔵さんがあったりと、曽祖父はかなりの信仰熱心家だったようです。

私が生まれる一月ほど前に曽祖父は他界したために会ったことはありませんが、仏間にある遺影にずっと見つめられて成長したような気がします。

食べ物を粗末にしたりすると親に叱られて、仏壇のご先祖様と曽祖父に謝らされたものです。

家には仏壇の隣の部屋に神棚が祀られ、台所には荒神さんという火の神様を祀り、家の敷地内には高さ2メートル程の小さな社殿に一族の守り神様・仏様をお祀りしていましたので、私の家は今思えば神様・仏様だらけでした。

父は一般住宅の他に社寺建築も手がける大工でしたので、小さい頃から現場に連れていってもらったりと、神仏に慣れ親しんで育ってきたように思います。

幼稚園児の頃、先生に「人は死んだら仏様になるんでしょう」ときいて「それは違うと」教えらえることもありました。

曽祖母はプロレス大好きで大変気性の荒い人でしたが、天皇は絶対的存在なのだと幼い私に力説し、言い聞かせてくれました。

 

ひどいアトピーに苦しんだ経験

多くの日本人がそうであるように私は特定の宗教や信仰を持たずに成長してきました。しかしあることをきっかけに「神様とは何か」という問題が人生の課題といったら大げさかもしれませんが、一つのテーマになりました。

18歳の時私はアトピー性皮膚炎を患い、足の裏を除いて全身がひどい炎症に侵されていました。幼い頃一時期アトピーになってましたがそれ以来ずっと平気だったのに突然のことでした。

はじめは首の乾燥から始まり、しだいにとても痒くなっていき皮膚が剥ぎ取られ、口の両端が切れて開かなくなり、顔は赤く乾燥し、頭も掻きむしって髪の毛は薄くなり、首から上は黄色い汁がとめどなく出てきて、痒みは全身に広がって炎症となり、風に当たると皮膚が無い部分が激しく痛み外出も困難になりました。

頑張って学校には通いましたが心無い言葉を浴びたり、周りの視線が気になりとても辛い思いをしたものです。

とにかく痒くて、睡眠もろくにとれず、口が開かないので、満足に食事も摂れず、掻けば掻くほど炎症は悪化して血や膿のようなものが出て激しく痛み、まさに生き地獄を味わうことになりました。

世の中にはこのようなアトピー性皮膚炎に悩み続けている人がいます。

私の友人にもっとひどい状態で苦しんだ人もいます。なかなか治らない病気ですが、私の場合はなぜか三ヶ月程で奇跡的に症状がおさまりました。

「よく治ったね」と人からいわれますが、それ程この症状は長期化するものでして、有難い限りなのですが、なんで治ったのかはよく分かっていません。

まあ因果関係はともかく、「神様が助けて下さった」としかその当時は(今でも)思えませんでした。医者に行ってもステロイド剤を渡されるだけで一向に症状は改善されなかったので、ひたすら神様に救いを求めて祈り続けていました。結局最後に残される手段は神頼みしかありません。

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ある日 母が宗教にハマった

その時は神社の神様に祈ったのではなくて、なんと神道系新宗教の神様に祈って救われたのでした。

私が10歳ぐらいの時に、母が友人や近所の人に勧められ、手をかざして病気を治す(?)宗教に入信して熱心に信仰していましたもので、母から神様のことを聞いてその「手かざし」を受けてひたすらにアトピーが治るように祈りました。

痛みと痒みに疲れ果てて年の暮れが近づいた頃、心の底から神様に「なんでも言うこと聞きますからなんとか助けて下さい」と強くお願いしましたところ、みるみるうちに三日か四日の間だったかと思いますが、柔道の稽古ができる程まで回復できました。あの治り方は今考えても不思議で仕方がありません。

人は病気や貧困、争いなどの悩みがない限りなかなか「信仰」に熱心になることはできません。困った時の神頼みは困ったことが解決すれば神様は必要ありません。

神様ありがとう。そしてさようなら。

いつしか助けてくれた神様には有難さを感じつつ時折手を合わせつつも、面倒なお参りやら、「行」のようなものとは距離をおいていました。

日本では 宗教をやっている=変な奴・危険 という認識ですから周りの目も気になるところでした。

しかし、アトピーが治った後に、事故によって手を負傷してから母や周りの信者さんの思惑により「信仰の道」に引きずり込まれることになりました。「神様に恩返ししなければいけないよ」とか「神様が仕組まれて怪我をさせて導いてくださっている」とかそんなようなことを言われてその宗教の教会のような所に通うことになりました。

その宗教団体には青年部があり、多くの若者が「手かざし」の実践を軸に教義を学んだり、布教活動を行ったりしていました。

宗教をやっている以外はなんら他の一般の若者と変わらない、割と普通の人達だったので次第に打ち解け、私もその宗教の活動に参加するようになりました。

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