ザックリ解説『古事記・日本書紀』④多くの困難を経て偉大な神へ オオクニヌシ

▲画像 新生古事記伝 日本創世記 日本はどのようにして出来たのか?より

今回は、須佐之男命が出雲の地で櫛名田比売と結ばれてから四世代後の子孫である大国主命(オオクニヌシノミコト)のお話です。

大国主命という神様は、出雲大社の神様として有名な神様です。大社と名の付く神社は多数ありますが、その大きさ(高さ24メートル)は日本最大の神社です。かつては今の倍の高さ48メートルの超巨大神社だったようです。

多くの神様の中でも別格扱いを受けるとても偉大な神様であります。そのご神格・神徳は、国土神、福の神、縁結びの神、商売繁昌の神、医療・医薬の神、農耕の祖神、温泉の祖神、醸造の神と実に多彩で、日本の国を築き上げた「国造り」の神様です。

かつて七福神の一つでインドから渡ってきた大黒天という神様と習合して考えられていました。平安時代ぐらいから「神仏習合」と言いまして、仏様を日本の神様に当てはめて変換して解釈することが行われていました。日本は神の国というだけではなく、中央アジアやインド、中国などの国際色豊かな神様仏様が集合する賑やかな国なのです。

大国も大黒も両方ダイコクと読めるためそうなったとも言われています。

このダイコクさんは大きな袋を持っています。

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イナバの白ウサギ

大国主命の登場シーンもこの大きな袋を背負っていました。

大国主命ははじめ大穴牟遅(オオナムジ)という名前でした。オオナムジには八十神(ヤソカミ)といって大勢の兄神達がおり、その兄達の荷物でした。一行は、八上比売(ヤガミヒメ)に求婚するために因幡の国へ大勢で向かい、オオナムジは小学生のイジメられっ子がランドセルを持たされるかのようにポーターとして兄達に付き従う下っ端でした。

その道中、ウサギが痛み苦しみ泣きながら伏せっていたのでオオナムジはそのウサギを治療して救ってあげます。ウサギはワニを騙して皮を剥ぎ取られ、さらに通りかかった八十神達が海水を浴びて風に当たれば治ると言って騙したのでした。そう、兄達は超ドSなのでした。オオナムジの手当を受けて回復したウサギは「八上比売と兄神達は結ばれることはなく、今はそのように袋を背負っているけれども、あなたがきっと八上比売と結ばれるでしょう」と予言します。

 

兄たちの執拗なイジメ

優しさと賢さはあるけれども、強さとたくましさに乏しいオオナムジは、きっとイケメンだったのでしょう。今時ならこういうタイプが一番モテます。ウサギの予言通り、八上比売は八十神達の申し出を断り、オオナムジに嫁ぐと言ったものですから大変です。

ドS兄達の壮絶なイジメが開始されます。兄達はオオナムジを山の麓に待機させ「イノシシを追い落とすから捕獲せよ。もし逃したら絶対に殺してやるからな」と脅して大きな岩を焼いて上から転げ落とし、下にいたオオナムジは焼けた大岩に潰されて死んでしまいました。すると母神が泣いて天上に登って神産巣日之命に頼んでオオナムジを蘇らせてもらいました。

しかし八十神達は再びオオナムを罠にかけます。木に楔(クサビ)を打ち付けたような殺人トラップの餌食となり殺されてしまいますが、再び母神が蘇らせました。母神は「ここに居たら滅ぼされてしまう」といって紀伊の国に逃しますがそこへも八十神達が追ってきたので大屋毘古神(オオヤヒコノカミ)によりオオナムジの曽祖父である須佐之男命を頼って根の堅州国へ行くように命じられます。

 

スサノオのもとでの修行

八十神から逃れ、根の堅州国にやってきたオオナムジはスサノオの娘である須勢理毘売(スセリビメ)に互いに一目惚れしてしまい「とてもイケメンな神がきました」とスサノオに紹介しましたが「これは葦原色許男(アシハラシコヲ)というんだぞ」つまり「ブサメンめが」と言い放ったと言います。確かに娘が彼氏を連れてきたら機嫌は悪くなります。兄がドSなら爺さんもそれを上回る超ドSでした。壮絶なイジメというかシゴキが始まります。

まずオオナムジは蛇だらけの部屋に入れられ、そこで寝るようにいわれます。スセリビメはオオナムジに蛇の領巾(ヒレ)というスカーフのようなものを渡して、噛まれそうになったら三回振って打ち払いなさいといわれたのでその通りにして難を逃れます。

次は蜂とムカデの部屋に入れられますが同様に領巾(ヒレ)の不思議な力により難を逃れぐっすり寝ることができました。

神社のお祓いも大麻(おおぬさ)というあのバサバサ棒で左、右、左と三回振って行います。ヒラヒラ、ユラユラするものに神霊は依りつくものと、古代は考えられていました。

ある日、スサノオは鏑矢を野に放ち、取ってくるようにオオナムジにいいました。オオナムジ矢を探しに野に入ったところ、周りに火を放たれ逃げ場を失いますが、ネズミに穴の場所を教えてもらい避難して難を逃れます。それを知らないスサノオとスセリビメはオオナムジが死んだと思って家に帰ってしまいます。

鏑矢を家に持ち帰ったオオナムジはスサノオに頭のシラミを取るようにいわれます。見るとなんとムカデだらけでしたが、妻が木の実と赤土を渡してそれをオオナムジが口に入れて噛んで吐いて捨てたので、スサノオはムカデを噛んで吐いているのだと思い、オナムジを愛おしく思いながら眠りにつきました。

 

オオナムジ遂に立つ

ここまで艱難辛苦を耐えに耐えてきたオオナムジはここでついに立ち上がります。人が変わったかのような大胆な行動にでます。

スサノオが眠っている間にスセリビメを背負い、スサノオの太刀や弓矢、また託宣に使用する琴を奪って逃走を図ります。スサノオの髪の毛を建物の垂木に結びつけて時間を稼ぐ周到さも見せます。

逃げる際に柱に琴が触れてしまい、その音でスサノオが起きてしまいます。驚いて起きて部屋は倒壊してしまいますが、髪の毛が垂木に結ばれていますので時間を稼ぐ琴ができ、無事に逃げおおせました。「その太刀と弓矢で兄神達を打ち払い大国主神となりまた、宇都志国魂神(ウツシクニタマノカミ)となってスセリビメと結婚して宮殿を建てろ。この野郎め!」と最後にスサノオが叫びました。宇都志国魂神とは現実の国土での神霊という意味です。つまり地上での国造りを託されたのです。

地上に戻ったオオクニヌシは八十神を追い伏せて「始めて国を作った」そうです。

優しさと賢さに加え、強さたくましさも加わり、ハンサムなプレイボーイとなったオオクニヌシの別名は八千矛神(ヤチホコノカミ)といい、矛は武器、すなわち強力な軍事力を持った神ということです。実際に出雲では夥しい量の銅矛が出土されています。また矛は男根を示すともいわれています。そう、全国津々浦々の豪族の娘に手を出し多くの子をもうけます。そして度々スセリビメの嫉妬と怒りをかってしまいます。

英雄色を好むといいますから仕方ないにせよ、仕事は一生懸命頑張りました。ある時オオクニヌシが海辺にいると海の向こうから小さな船に乗った一寸法師のような小さな神様がやってきます。名を少彦毘古名神(スクナヒコナノカミ)といいます。この知恵に富んだ神様と力を合わせてオオクニヌシは国造りに励みました。名コンビの誕生です。

しかし後にスクナヒコナは常世の国に帰ってしまいます。

 

飛来してきた自己の魂(タマシイ)

相方を失ったオオクニヌシは打ちひしがれ、独りでこれからどうやって国造りしたらいいのだと言うと、海を照らして近づいてくる神がありました。「わたしを祭れば共に国を造ろう。祭らなければそれは難しくなる」と言いました。「どのように祭ればいいのでしょうか」と問うと「大和の国の周囲を青垣のようにめぐっている山の東の山上に祭れ」と答えたといいます。これが大神神社(オオミワジンジャ)です。

日本書紀にはその神は大国主自身の「幸魂・奇魂(さきみたま・くしみたま)」という二つの魂だったと記されています。古代では魂は肉体から離れて行動しうるものと考えられていました。一霊四魂といい、幸魂・奇魂の他に、荒魂と和魂があり、四つの魂を直霊という一つの霊が制御すると考えられていました。役割としては、和魂は調和、荒魂は活動、奇魂は霊感、幸魂は幸福を担うとされています。この魂を別々にして分けて祀る方法は古代では随所にみられます。存命中の人の魂を祀ることを「生祀」といまして、長命のため、また死後に神になれるように行われたといいます。

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飛来するタマシイ

国造りの大事業を成し遂げた
偉大な神 大国主命

大国主命は荷物持ちからスタートして、ついに日本を治める大王にまで登り詰めました。

オナムジからオオクニヌシへの成長、そして国造りの完成を描くこのエピソードは日本書紀にはありません。日本書紀ではイザナギ・イザナミの二神によって天照大御神が生まれ、すでにほぼ国造りは二神によって完成していたので必要なかったそうです。

しかし我々に多くの示唆を与えてくれるお話と思います。

はじめは助けられてばかりだったオオナムジが成長し、やがて偉大な神へと成長する話は「日本のヒーロー像」の原型だと思います。はじめから無敵の豪傑の西洋の「アーサー王」なんかとは全く違っています。人間は誰しも弱さがあり、それは愛おしさにつながります。全く弱点や欠点のない人も魅力に欠けるように思います。

それにしても日本史上これほどまでに過酷な運命と使命を背負った存在はあったでしょうか。何度も死んでは蘇り、まるでドラゴンボールの登場人物のように強くなっていきます。日本には「輪廻転生」という生まれ変わりという考えはありません。インドにあったものが仏教に乗ってやってきた考えです。

どうりで大黒天さんとフュージョンしちゃうわけだと思ったりもします。因幡の白兎の話にそっくりな話がインドネシアにあったりしますし、やはり日本はアジアの終着点でありユーラシアの文化の結晶なのではないかなと思います。

オオクニヌシは困難あるごとにスセリビメや母の助けを受け、スサノオの試練を受け、スクナヒコという強力な相棒といった、多くの助けと支えを受けて、国造りを完成させますが、大事業を終える最終段階にあたっては自身の魂によって助けられます。

結局、自分を助けられるのは自分しかいない。自分で考え、行動することで難局を打開する。自分以外に何があるのだと、自主・自立・独立の重要性を示唆する教えなのではないでしょうか。

神道には教えがないとよくいわれますが、多くの教えが古事記や日本書紀に示されていますので、この日本の遺産をこの先も読み継いでいきたいものです。

最後までお読み戴きありがとうございました。

 

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