世の中は何故良くならないのだろう×今の世の中のどこに問題があるのだろう①

日本は何はともあれ
とても平和な国

日本は世界と比べて平和な国と言えます。縄文時代のほとんどの時代、平安時代の300年、江戸時代の300年、戦後の70年と戦争の無い平和な時代を維持して来ることができました。

平和は何より大事なことかもしれません。

私たち日本人のほとんどは戦争を体験したことがありませんが、いざ戦争となると生活のなかで多くの自由が奪われ、常に生命の危機にさらされ、家族や友人を失ったりと、幸せとは対極な暮らしが待っています。

戦後70年の時代は激動の時代で日本は大きく様変わりしたものの、物に恵まれた豊かで平和で比較的幸せな生活を送ってこられたのではないかと思います。

江戸時代の末期ですら飢饉で人が餓死したり、明治になっても不作の年は皆飢えていました。第一次世界大戦後の恐慌の後、関東大震災が起こり、昭和初期には昭和恐慌が起こり地方の村は飢えて子供を丁稚に出したり遊郭に売ったり。戦中は戦中で食料も物資も少ない時代でした。

格差や貧困が問題となる昨今ではありますが、それでもまだ日本は世界の中では豊かな国でしょう。

私もお腹を空かせることなく、衣食住に困ることなく、何不自由なく育ってきました。大変ありがたいことです。

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この世は基本的には
良いところ

最近仕事で高校生や大学生の若い人達と接する機会が多いのですが、とても楽しそうにしています。自分のことを振り返ってみて高校生、大学生当時は決して楽しかったという認識はありませんでしたが、今に比べてみれば随分と暮らしを楽しんでいたように思えます。

学生のうちは両親の庇護のもと好き勝手自由に気楽に過ごせるし、小遣いやアルバイトで得たお金はすべて欲しいものや遊ぶことにつぎ込める。

毎日友人と会っては話をしたり、どこかへ出かけたりと、嬉々として日々を過ごしている彼らを見ると羨ましくも思えます。

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私もそうでしたが高校生ぐらいの人達は、今の社会や生活になんら不満や疑問をあまり持っていなさそうです。夢を描いて毎日楽しく暮らすといったポジティブな方向に多くの人は向いています。恵まれた環境にいれば人は皆このような状態になるはずです。

しかし、テレビでニュースやなんかを見ると日本の将来は少しも明るい兆しを感じさせないほど日々凄惨で残虐な事件が多く報道され、様々な問題が山積みの社会であることを伝えてきます。

例えそんなことを知ったとしても現実とは懸け離れた違う世界の出来事のようにも思え、実感は湧いてきません。彼らは毎日が楽しくて満ち足りています。

お忘れかもしれませんが人間は生まれた頃から「この世は楽しいところだ」と認識してきました。初めて見るもの聞くものは日々喜びと驚きと感動を与え、両親や祖父母や兄弟の愛情を受けることでさらに「この世は良いところだ」と思います。

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それがベースにあるから、いくらこの世は酷いことだらけで、お先真っ暗だよと言われても「今の世の中のどこに問題があるのだろう」と思います。自分には直接関係のない遠い世界の出来事だとして実感も湧かないはずです。

人は何かのきっかけがないと「世の中は何故良くならないのだろう」とは思いません。基本的には「この世は良いところだ」と思っていますから。

社会の問題に
目を向けるようになった
きっかけ

私が「世の中は何故良くならないのだろう」とか思い始めたきっかけは「宗教」の影響でした。社会や人間に全く問題が無いのならば宗教は必要ありません。社会に争いごとがあるから、人には悩みがあるから宗教が必要になってくるわけでして、逆を言うならば宗教は問題を必要としています。

私が入っていた宗教は、この世のありとあらゆる問題や迫り来る危機を信者に訴えていました。このままでは人類は滅亡しないまでも、神の裁きにより地球上のほとんどの人は死滅し、神の教えに従って生活した人のみが生き残り、神中心の新たな文明を築き上げることで世界は恒久的な平和を得ることができるといった感じのことをしきりに言っていました。

はじめは政治問題、経済問題、環境問題、貧困問題、医療や病気の問題から入っていき、すべての問題や諸悪の根源は霊的な世界にあるだのという教説でした。

以前にも述べたと思いますが、この宗教との出会いで初めて私は社会や人類の問題に目を向けるきっかけを与えられました。これはかなり特殊な例であるとは思いますが、何らかのきっかけがないと真剣にこのような問題に向かうことはないと思います。

今回の題名は、「世の中は何故良くならないのだろう×今の世の中のどこに問題があるのだろう」ですが、この二つの対極的な世の中に対する考え方について述べてきました。

わざわざ記事にすることなのかどうかは分かりませんが、私にとっては重要な問題でした。

私が神職になったのも「世の中は何故良くならないのだろう」という自問自答の自分探しの旅の過程でたどり着いた結果でした。

霊的な問題は宗教団体に任せることにして、私は「日本とは何か」を探求した上でその問題解決の方法に繋げたいと思いました。このブログもその方法の一つとして書いています。

私はこれまで随分と世の中に悲観してきましたが、小さな子供と暮らすことでそれは変わりました。子供は元気で毎日とても楽しそうで、この世の中は基本的に良いところなのだなと思い出すことができたからでしょうか。

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