「結局何をやっても変わらない」と諦める日本人について

タイトルと画像に絶望感が漂っていますが、避けては通れない問題であるかと思います。

かつての激しい闘争の時代

昭和20年を境に迎えた「戦後」は戦争のない平和な時代といわれるものの、昭和35年(1960年)に戦後の日本の安全保障を決定する「日米安全保障条約」に反対するいわゆる60年安保闘争が起こり、日本の歴史で他に例をみないような大規模な大衆闘争となり100万人を超える国民がデモに参加し、時の政権である岸信介政権を退陣に追い込みました。(以下がその当時の映像)

60年安保闘争を主導したのは全学連(全国大学自治会総連合)という学生運動の組織で、さらにそれを指導していたのはブントという日本共産党とケンカ別れしてできた組織だったそうです。その後も様々な党派の組織が結成されて学園紛争を巻き起こします。

昭和43年(1968年)には全共闘(全学共闘会議)が日大と東大で組織され、1970年の70年安保闘争の中核的な役割を果たしていきました。またその党派にこだわらないそのスタイルはさらに多くの学生をその運動へと巻き込んで、昭和44年(1969年)には全国規模に拡大したといいます。(以下の動画はその当時の東京大学の様子。今では考えられないことが起こっていました。)

学生運動は暴力を行使するものの、始めは学生が世の中のことを思って必死に行動しているのだからと世間では大目に見られていたようです。しかし、次第にその行動はエスカレートしていき、警察官への投石による死亡事件が起こり、1970年代に入ると学生運動団体の分派が生まれ、党派闘争に発展し殺し合いに発展。

内ゲバによる仲間内での内部粛清、リンチ殺人、連合赤軍のように銃や爆弾で武装しテロ組織に発展する派もあり、山岳ベース事件やあさま山荘事件のような大事件を起こすようになると当然社会から非難されて以後その活動は下火となりました。

このような激しい怒りの源となった「戦争の苦しみ」「反米感情」「社会の不平等」等の問題は、昭和47年(1972年)の沖縄返還、また高度経済成長によって国民の生活が豊かになったことで抑えられ、日本人は本来のおとなしい国民として長らく過ごしてきました。

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結局何をやっても同じだった

昭和30年(1955年)以来長い間自民党の一党独裁が続いてきましたが、平成21年(2009年)7月21日民主党へと政権が移りました。これは多くの国民の意思が反映された大きな出来事でした。

1990年代始めのバブル経済の崩壊から「失われた時代」が続き経済は冷え込み、格差は広がり、国民の政治に怒りが再燃した結果だったと思われます。

日本人は今でも外国人に比べれば、政治に無関心といわれます。難しいことは全部お上に任せてしまおうという考えです。国民一人一人が自分の職分を互いに全うし合えば幸せになれるという信用によってこの日本社会は成り立ってきました。それで上手くいっていたから良かったのですが、このような不景気が続き格差の拡大する時代となり、政治に対する不満が募ります。

天下り先の確保と既得権益を必死で守り抜く官僚と、それに依存し操られる政治家は、国民の利益を考えずに党利党略に走り、日々スキャンダルと不祥事が絶えることがありません。

政治家や官僚で構成される国の機構に対する怒りがあの政権交代をもたらしたはずですが、その政権もわずか3年しか持たず、自民党に戻って早4年が経ちました。

さて民主党が政権を獲る前と何が変わったでしょうか?

確かに3.11以後は原発の問題や、集団的自衛権の行使の是非を問う安保法案に対し、かつての安保闘争の数には及ばないにしても大規模なデモが国会周辺で行われるようにはなりました。これに関してはかなりの変化だとは思いますが、政治家や官僚のあり方は果たして変わったでしょうか?何ら変わってないのではないでしょうか?

高島康司氏は昨年出版された本『「資本主義2.0」と「イミーバ」で見た衝撃の未来』(著/高島康司/ヒカルランド)の中でついて次のように述べられています。



なぜ予測をはるかに超えて進むのか 「資本主義2.0」と「イミーバ」で見た衝撃の未来 世界の政治・経済はこれからこう動く

ショーはこんなふうに上演されます。まず、何らかの政治スキャンダルや政治的な問題が明らかとなります。それは、政治家の不祥事、談合、癒着、公共事業の私物化などであったりします。

 そして、マスメディアの追求で、問題の背後には原因となる同じ構造が発見されます。それらは、省庁の省益拡大と天下り先を意図した官僚の暗躍、政務を官僚に依存し官僚に支配される政治家のあり方、そして、公共の利益そっちのけで党利党略に奔走する政治家の行動なのです。

 裏の事情が明らかになると、観客である国民の対応も決まっています。決まり切ったブーイングの嵐です。「今の総理じゃだめだ」、「国民のことを考えるリーダーに変えるべきだ」、「官僚機構の改革こそ必要だ」、「政治利権を根絶しないとだめだ」、「党利党略の政治家は去れ」、などというブーイングです。(中略)

 そして、こうしたブーイングが国民の間から激しく起こるたびに、謝罪会見を行った当事者が処分されます。(中略)

 でも、さらに数ヶ月もすると、私たちは同じ演目の上演に飽きてしまい、ブーイングの嵐も改革の連呼もピタと収まります。すると、何事もなかったように事態は進行し、だいぶ後になってから、結果的には状況は何も変わっていないことが明らかになるのです。そのときは新しい演目が上演され、観衆は同じブーイングを繰り返し、政治家も同じ決意を連呼しているということになります。(以上P.88〜89から引用)  

 

このようにして変化を求める怒りの声が上がるも、何度やっても結局のところは政治家の首のすげ替えが行われるだけで、これが日本人の「何をやっても変わらない」という諦めと、不行動の原則を生み出しているというようなことを著者の高島氏はおっしゃいますが、まったくその通りだと思います。

国政選挙の前に各政党は票取りのためにマニフェストを掲げますが、政権獲得後はことごとくその公約を破り続けることが常態化しています。政治家は国民を馬鹿にしているのか、それとも全く悪気がないのか。もはや国民全体感覚が麻痺しているというか関心がない、どうでもいいという空気も感じます。

結局何をやっても変わらない。

学生運動に燃えた世代の人達、本気で世界を変えることができると考えて行動した若者達は現在もう70歳近い年齢になっています。その人達の味わった敗北感「結局は何も変わらなかった」という事実は重くのしかかり、今も日本社会全体にのしかかっているのではないでしょうか。

私は、「本当に何をやっても変わらないのか?手段は無いのか?」と疑問に思い、長い間その答えを求めて日本文化について探究してきました。

いかにしてこの難局を乗り越えるのかを知る手がかりが、そこにあると思ったからです。

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