日本と欧米人の世界の感じ方の違いから生じる異なる政治観

選挙について

前回「結局何をやっても変わらない」と諦める日本人について

なんてタイトルの記事を書いておいてなんですが、みなさんは今月10日の参議院選の投票に行かれたでしょうか。

今回の参院選の投票率は総務省によれば、54・70%だったようです。前回の2013年参院選の52・61%を上回っているとはいえ、戦後4番目の低さとなったようです。また、18歳から19歳の投票率が45.45%だったそうです。全体の投票率から比較してみると、今から日本を支えていく世代の政治に対する関心は薄いのではないかと感じられます。

自分の一票なんて世の中になんの影響も与え無い」と思っている限り、本当にそうなるでしょう。(私もそうでした)人生は思った通りになるのです。

どこに入れともいいから、きちんと自分なりに考えて投票に行くべきかと思います。

おとなしい日本人

日本人は世界の人達と比べて積極的に政治について議論したり、デモに参加したり何らかの行動をとることが少ないような気がします。

もちろん、中国や北朝鮮といった共産主義の国やロシアのように強権を振るう政府が存在する国家に比べれば、言論や政治でも随分と自由があります。

少なくとも今のところは、この国に言論の自由があるので言いたいことは言えます。

ありがたいことです。

欧米や南米の民主主義国家と日本を比較した場合、明らかに日本人は大人し過ぎます。よく日本で起こった政治や経済絡みのスキャンダルに対して、外国でこういうことがあれば暴動が起きるとよく言われたりもします。

前回記事で、かつて激しい怒りを行動に移していた時代の、学生運動についてふれました。

Wikipediaで「学生運動に参加した著名人」を調べてみると錚々たるメンバーが名を連ねています。

元総理大臣や元東京都知事といった政治家や、元官僚、大学教授、作家、映画監督、音楽家、評論家、俳優、タレント、出版社の社長などです。著名人以外では医者や弁護士になった人もいます。

この世代の方々が実質、現在の日本をコントロールしています。

これを見ていると意外な人達が学生運動に参加していたことに驚かされます。こうしてみると、学生運動はその時代のトレンドであり、逆らうことのできない大きな流れだったのだろうと思います。

日本人は実に周りに流されやすい民族です。情に流されやすく、何かが盛り上がったらその波に呑まれてしまい、また人と違う行動をとることを恐れ、足並みを揃えようとします。

日本がかつて戦争の道へ向かっていった時の国民感情にもこの特性が働いていたと思います。

危ない、危ないと多くの人が危惧していても結局戦争への道は誰にも止めることはできませんでした。

前々回の記事 日本は国民主権の国 日本人にとって「政治」とは何か?では、日本人にとって政治とは、自然や環境と同じく変えがたいもので、思い通りにいかないと言うより、影響を及ぼし得ない、遠い存在と捉えていると述べましたが、今回はこの部分にさらに言及していきたいと思います。

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民主主義とは?

現在、民主主義の国においては国民が政治の主権を握っていることになっています。つまり、独立した個人が集まって互いに主義主張をしながら国のあり方を決めていくというやり方です。

アメリカでは保守主義の立場を取る共和党と、リベラルの立場を取る民主党の二大政党が政権交代を繰り返して政治を行ってきたのに対し、日本は戦後のほぼ全てと言っていいほどの長い間、保守の立場を取る自民党が政権の座を独占してきました。

ちなみに、保守とは伝統的なことに重きを置くのに対し、リベラルとは自由主義、革新主義といった新しい方向を模索していく考えを持っています。

日本は民主主義の国とはいってもアメリカとの比較からも分かるように、主義主張をぶつけ合って政権が向こうとあちらを行ったり来たりするようなことはありません。同一政党による安定した長期政権によって政治が行われてきました。日本人は何より安定と平和を好みます。

二大政党が政権交代を繰り返すアメリカの政治は、弁証法に則って行われています。「テーゼ(定義)=1つの意見」を主張が出ると、それに対して反対の意見が出てきます。それが「アンチテーゼ(反対の定義)」です。

そして、異なる2つの意見をぶつけ合って、新たな高次元な見識「ジンテーゼ(総合)=1つの結論」が生まれます。

この時に、より高次元の見識に達する事を、「アウフヘーベン(止揚)」と言うそうです。

9-1-6

出典:la-ad.net

要するに、議論を行って、より良い結論を出すと言う方法論です。

 

日本の政治観

では、日本は何に則って政治が行われているのでしょうか?

民主主義といっても日本はアメリカやフランスが独立戦争や市民革命によってそれを勝ち取った訳ではなく、太平洋戦争に敗れてアメリカの占領に入ったことでもたらされたものです。よって国民自体には自分たちが主体となってこの国のあり方を決めていくのだという自覚はないように思われます。

そもそも、日本の国の歴史はあまりにも古く、伝統が根強い国であり、アメリカやフランスのように200〜300年ほどの歴史しか持たない国ならばいざ知らず、日本のように建国2600年を超える国ともなると、もう今更どうのこうのと主義主張は振りかざすのではなく、慣習に重きを置く価値観に成らざるを得なくなるのかもしれません。

神代の時代から一貫して続いてきたこの国の政治のあり方があります。

それが天皇制です。

現在では天皇は「国民の象徴」という存在。戦前の大日本帝國憲法では「統治権の総覧者」と時代によって政治的な立場は変わってきましたが、平安時代に政治を取り仕切った摂政や関白。また鎌倉幕府から江戸幕府に至るまで武家の棟梁である征夷大将軍。現在の日本の内閣総理大臣・最高裁判所長官にいたるまで、全て天皇の任命によってその職務が与えられてきました。

この事実をまず認識してそこから考えていくと、そもそもなんで天皇にそのような権限があるのかといった疑問を持つ方もおられるかと思いまが、その答えは日本神話にあります。

神話の時代から続き、今でも存続している王家など他に世界を探してもどこにもなく、その地位からいっても世界で並ぶ存在はありません。

これは私が極端で過激な右翼思想を持った人物だからそう言っている訳ではなく、純然たる事実に基づいて言っております。

おやおやと思った方は、過去の記事 なぜ日本は世界一古い国なのか 奇跡の存在 天皇 をご一読ください。

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