ザックリ解説『古事記・日本書紀』⑥天孫降臨

▲出典新生古事記伝 日本創世記 日本はどのようにして出来たのか?

前回からの続きです。

前回記事 ザックリ解説『古事記・日本書紀』⑤オオクニヌシの国譲り

天孫降臨

オオクニヌシの国譲りによってアマテラスの子孫が葦原中国(あしはらのなかつくに)つまり日本を統治することになりました。

アマテラスは息子であるアメノオシホミミにその任にあてますが、アメノオシホミミにはその支度をしている間に邇邇芸命(ニニギノミコト)という子が生まれてしまいました。

アメノオシホミミは子のニニギノミコトを降臨させたいと申し出たので生まれたばかりのニニギノミコトが降ることになりました。

生まれたばかりの神様の方、がエネルギーに満ち溢れていると考えられていたからです。

地上を目指すニニギでしたが、行く先に葦原中国を照らす神がいました。その神は猿田毘古神(サルタビコノカミ)という神様で、道案内を買って出ると言いました。さらにニニギに天児屋命(アメノコヤネノミコト)、布刀玉命(フトダマノミコト)、天宇受売命(アメノウズメノミコト)、伊斯許理度売命(イシコリドメノミコト)、玉祖命(タマノヤノミコト)という五伴男(イツノトモノオ)と呼ばれる五柱の神様を従わせました。

さらにアマテラスは八尺の勾玉(やさかのまがたま)、草薙剣(くさなぎのつるぎ)といういわゆる三種の神器を授けて、思金神(オモイカネノカミ)と、手力男神(タジカラオノカミ)、天石門別神(アメノイハトワケノカミ)を添えて「これ(鏡)を私の魂として、私の前を拝むように同様に祭りなさい」と命じました。

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 はじまりはいつも九州

ニニギ一行は、天浮橋(あめのうきはし)から日向の高千穂の峰に降り立ちました。

日向の高千穂の峰、つまり九州は宮崎県あたりのどこか山の上に降り立ったようです。日本において、いつの時代もその始まりは九州から始まります。

イザナギ様が禊をして三貴神(アマテラス、ツクヨミ、スサノオ)をお生みになったのも「筑紫の(九州)日向(宮崎あたり)の橘の小戸の阿波岐原」でした。

初めての穀物の生産は南九州から「海の道」を通って伝わって始まりましたし、稲作文化や鉄器などがもたらされたのも九州です。仏教伝来にしても大陸との交易にしろ、外交の窓口は九州でした。

鉄砲伝来も九州は鹿児島の種子島でしたし、鎖国をしていた江戸時代にあっては唯一の西洋との窓口は長崎でした。
明治維新で中心的な役割を果たした薩摩藩や佐賀藩も九州の藩であり、太平洋戦争を終結させた原子爆弾が最後に投下されたのは長崎、九州でした。原爆投下は新しい世界秩序を形成する事件でした。

話は逸れましたが、とにかく九州はいつの時代もはじまりの地です。

コノハナサクヤビメと
結ばれる

地上に降り立ったニニギは笠沙の岬というところで木花佐久夜毘売(コノハナサクヤビメ)という美しい女性の神様と出会い、早速求婚します。
その父である大山津見神(オオヤマツミノカミ)は喜び、姉である石長比売(イワナガヒメ)も一緒に輿入れさせようとするのですが、お姉さんは何といいますか、あまり容姿が好ましくなかったようで、ニニギはひどいことですが、お姉さんのみを送り返してしまいます。

オオヤマツミはニニギの命が石のように長らえるように誓(うけい)をしてイワナガヒメを送ったので、「今後天つ神の御子といえども、寿命は木の花のように儚いものとなるだろう」と言ったそうです。

この時から人の寿命は短くなったのでしょうか。

その後ニニギはコノハナサクヤビメと一夜の契りにて懐妊します。
これはおめでたいと、言いたいところですがニニギはコノハナサクヤビメを疑って「自分の子じゃないだろう、国つ神の子だろう」と言います。
するとコノハナサクヤビメは「ニニギの子でなければ無事産まれまい」と言い、設けた産屋に火を放ち、火が燃えさかる中で子を産みました。

その時に生まれた子は火照命(ホデリノミコト)、火須勢理命(ホスセリノミコト)、火遠理命(ホオリノミコト)という三柱の神様でした。

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