世紀末。だけど特別なことは何も起こらない ブラーの「For Tomorrow」と「End Of A Century」終末感と淡々と過ぎさる日常

▲出典:news.ameba.jp

前回終末論の話が出ました。今回はそれに関連して音楽記事を書きました。

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ブリットポップムーブメント

私が中学生の頃、「ブリットポップ」がイギリスでブームでした。そのムーブメントを牽引していったのがブラーというバンドでした。

 

1990年代以降の英国を代表するオルタナティブ・ロックバンド。デビュー当初はキンクスやビートルズの再来と注目され、1994年のブレイク時はブリットポップムーブメントの代表格として一世を風靡した。ブーム終息以後も様々な音楽性を横断しながら独創的な活動を行っている。後進のバンドに与えた影響も大きく、1990年代からのイギリスのロックシーンを代表する存在として人気は高い。

ブラーーWikipedia

 

1994年にブラーが「Parklife」というアルバムリリースしたことがブリットポップムーブメント発端の一因とされ、その年デビューアルバムを発表したオアシスと共にイギリスを中心としてミュージックシーンを一時期大いに盛り上げました。このアルバムでブラーは一気にスターダムにのし上がりました。


PARK LIFE

以前、オアシスというバンドのことを記事に取り上げました。

俺は俺自身でいなきゃならない オアシスのデビュー曲「Supersonic」と「個人」という概念について

 

当時(1994年頃〜97年頃)ブラーとオアシスの二大バンドがブリットポップムーブメントを牽引していきました。

しかし、この二つのバンドはライバル関係であることはもちろんですが、非常に仲が悪いといいますか、地方の労働階級出身のオアシスロンドンの中産階級出身のブラーは相容れないような対立関係をメディアも相当煽りました。

イギリスでは社会階級が今だに根強く、同階級の人々同士しか日常生活での関係性がなく、パブの入り口が中産階級と労働階級では別々に設けられているという話も聞きます。どんなに優秀で勉強ができても、階級の異なる職業に就くとなると馴染めなかったりして大変なようです。

この階級の考えの差が先日、イギリスのEU離脱という投票結果に影響したと言います。

      若かりし頃のブラー

機知に富んだシニカルな歌詞を軽快なポップソングに乗せ表現し、そのルックスから、ジャニーズのようなアイドル的な人気も兼ね備えたブラー。

   オアシス ギャラガー兄弟

それに対して道のど真ん中を悠然と闊歩するかの如く、壮大なメロディーを持ってして「俺様に文句あるか」とでもいうようなロックを鳴らすフーリガンのような風亭のオアシス。

この二つのバンドの対立関係はメディアにとっては恰好の餌となり、同じ日に同バンドが同時にシングルをリリースし対決するという対決まで実現します。結果はシングルを2バージョン用意していたブラーの勝利(なんだそりゃ)。この対決は、今でも語り草となっています。

負けたことがよっぽど悔しかったのか、オアシスのノエル・ギャラガー氏はブラーの歌詞を「あのくだらないクソのような歌詞をいったいどうしようってんだ?」と非難したり、挙げ句の果てに「ブラーのデーモンとアレックスはエイズにかかって死ねばいい」などと発言して猛烈な非難を浴びました。

しかし、今では仲直りして両者はライブで共演したりしています。当時はマスコミと一体になってシーンを刺激して話題を作っていたのでしょう。

ブリットポップとは

ブリットポップとは例えば60年代のビートルズ、キンクス、ザ・フー、スモール・フェイシズといったイギリスのロック黄金期に影響を受けた若手のロックバンドの「伝統」を見直す音楽表現によるものでした。

アメリカのグランジ/オルタナティブロックがイギリスのミュージックシーンを席巻する90年代初頭にあって、「愛国的音楽」のムーブメントを予見し、93年「Modern Life Is Rubbish(モダンライフ・イズ・ラビッシュ)」において「現代生活なんてゴミクズさ」という皮肉めいた立脚点のもと独自の英国的なポップミュージックを提示しました。

このアルバムに収録されている「For Tomorrow」という曲で「Modern Life Is Rubbish(現代生活なんてゴミクズさ)というフレーズが出てきます。「彼は20世紀少年」「彼女は20世紀少女」「嫌な気持ちにならないように」「素敵な生活に向かって頑張っている」「さあ歌おう、明日のために頑張るんだよ」

閉塞感漂い先の見えない世紀末。「現代生活なんてゴミクズさ」と皮肉な思いを抱きながらも、ひたむきに頑張るティーンエイジャーの日常を歌っています。

参考 For Tomorrowの歌詞


Modern Life Is Rubbish

当時のイギリスは未だ「イギリス病」と呼ばれた経済低迷と様々な社会問題を抱え、抜けきれない状態が続いていた時期であり、それに対するなかば「諦め」というか「開き直り」の風潮がブリットポップにも現れています。

その現れなのか、ブラーやオアシスはトレーニングウェア(ジャージ)やレインオートを身にまとって演奏したり、PVやメディアに出演しました。

革ジャンや破けたジーンズを着て世間一般に怒りを叫ぶ従来のスタイルではなく、あえて普段着のジャージ等を着て「等身大」の存在を示し、「低迷するイギリス」「ぱっとしない日常」「さえない自分」「何はともあれ自分は自分」といったある意味、肩の力を抜いたありのままでの表現が特徴といったところではないかと思います。

終末感の中過ぎ去る日常

表題に掲げた「End Of A Century(エンドオブセンチュリー)」はアルバム「Parklife」に収められ、シングルカットもされた曲です。

この曲も個人の何気ない個人の日常の出来事を並べ、「Oh, end of a century Oh, its nothing special」(ああ世紀末だというけど 特別なことは何も起こらない)と歌います。

参考 End Of A Centuryの歌詞

世論は現状に対する様々な憶測から、危機感を煽ります。

終末論なんかと比較するのは極端ですが、どうしようもないような「社会を覆う閉塞感」に英国らしさといった「伝統」と冷めた態度、諦めと開き直りをもって表現したのが「ブリットポップ」だったのではないでしょうか。

確かに、変えがたい困難な現状が改善されることは難しく、日常は何事もなかったかのように淡々と過ぎ去っていくものです。

ブラーの、皮肉なものの見方をとりつつも、伝統を重視したところに私はシンパシーを感じるのでした。

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