世の中と音楽 人間にとって音楽とは何か② 90年代〜00年代 そして音楽を共有出来ない時代となった

CDがとんでもなく売れた90年代

90年代に入ると今でもお馴染みのアーティストが活躍しはじめます。

CHAGE&ASKA(活動休止)、米米CLUB、サザンオールスターズ、B’z、Mr.Children、DREAMS COME TRUE、宇多田ヒカルさんや、GRAYをはじめとするビジュアル系バンドに、trfやglobe、安室奈美恵さんといった小室哲也さんファミリー系、アイドルならSMAPやモーニング娘がひたすらヒット曲を量産しました。

この年代はCDの売り上げ枚数の桁が違います。ミリオン、ダブルミリオンもざらでした。バブルがはじけてもなんのそのと、CDが売れに売れた時代でした。

80年代に比べ、若干洗練さを帯び、商品音楽化も進んだ音楽業界。小室哲也さんやつんく♂さんといったプロデューサーの方々が、多くの曲を工場で生産するかのようにして大量に世に送り込みました。当時、様々なヒット曲で世の中が溢れかえっていました。

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洋楽を聴き始める

さて、そんな90年代の最中に私は中二病を患います。症状の一例として「洋楽を聴き始める」というのがあるそうで、今思えば当てはまると気づきました。

元々音楽を聴くのが大好きだった私。当時は学校では音楽の話題で持ちきりなぐらい邦楽J-POPが流行っていました。しかし洋楽を聴く人は少数派「洋楽聴いてるの?すごいね!」って感じでした。

洋楽を本格的に聴き始めるきっかけは中学三年時の英語の授業でした。教科書に「we are the world」について書かれた記事が載っていたことをいいことに、先生が、参加した主なアーティストの代表曲を授業の初めに必ず聴いて、その歌詞カードの英単語を穴埋めするリスニング問題を出してくださいました。これでだいぶ洋楽に対する敷居が低くなりました。

「we are the world」とはアフリカの飢餓と貧困を解消しようというチャリティーの取り組みで、もちろんノーギャラ(たぶん)で作った曲で、全世界で約1600万枚も売り上げたようです。

参考

we are the world−Wikipedia

クインシー・ジョーンズが指揮をとり、マイケル・ジャクソン、ライオネル・リッチー、ダイアナ・ロス、シンディー・ローパー、ボブ・ディラン、ブルース・スプリングスティーン、ビリー・ジョエル、ダリル・ホール、ヒューイ・ルイス、ウィリー・ネルソン、サイモン&ガーファンクルといったアメリカミュージック界の大スター達が共演するという夢の共演が実現するという、同時の(1985年)大きな出来事でした。

 

途中先生がアメリカへ研修に一月ほど行ってしまうも、非常勤でやってきた先生が律儀にも「私はその辺のアーティストのCDはもってないから」というようなことで、ご自分の好きなNO DOUBTという女性ヴォーカルバンドの「Don’t speak」という曲をその間にかけてくれました。今聴いてもカッコイイですね。

そんな流れでオアシスやブラーといった当時日本でも流行っていたブリットポップ、UKロックにハマっていき、高校では周りに誰も洋楽を聴く人が居なくなり、話が出来なくなるという憂き目にあってしまいます。中学校ではその先生の影響もあってか、洋楽を聴く人が多かったように思います。

音楽を通じて繋がれなくなった

この頃から私は、音楽を誰かと共有することが出来なくなっていったように思えます。

と同時に、日本においてはCDの売り上げが98年で頭打ちとなり(私が高校生になった年)以後は売り上げが現在に至るまで右肩下がりと売り上げが落ち続け、音楽の売れない時代となってしまいました。

90年代後半当時、海外ではアメリカでグランジ・オルタナティブロックの爆発的ムーブメントが終焉し、同様にイギリスではブリットポップムーブメントが終焉します。

最近ではCDを買う人が減ってきて、定額制の配信サービスが始まり、実に多くの曲を聴くことの出来る良い時代になりました。しかし、アーティストにとっては大変な時代になったのではないでしょうか。

音楽が売れなくなった理由は「飽きた」のもあると思いますが、ネットでいつでもどこでも好きな音楽を聴くことが出来るようになり、買わなくて済むようになったこともあるでしょう。そのことで音楽の価値(ありがたさ)が下がってしまったことも考えられます。

今でこそ簡単にいつでも何処でも聴ける音楽ですが、昔はスマホもパソコンもない、ステレオもウォークマンも無い、レコードも無いといったらあとは生演奏しかありません。高いお金を払って演奏会を聴きに行くか、もっと昔ならば神社やお寺の祭礼や法要の雅楽や神楽、祭囃子などでしか普段は耳にすることはなかったはずです。そう、音楽は非日常の特別な体験だったはずです。それがいつでもどこでも聴けるとなれば、音楽に接する感覚も違ってくるはずです。

話を戻しまして、私が音楽を通して誰とも繋がることが出来なくなったのとほぼ同時に、時代もそのような感じになっていったんではないかと思えてなりません。

みんなが流行りなど関係なく、自分の好きな曲を聴くようになった。もしくは音楽をあまり聴かなくなった、興味を持てなくなった。

もはやこの時代において「誰もが聴く曲」といった意味でのムーブメントは起こり得なくなり、音楽を通した一体感は感じられなくなってしまったように思えてなりません。

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