くるり「ワンダーフォーゲル」の繋がらない想いについて

▲画像:くるり official twitterより


音楽を通じて繋がっていた
ひと昔前

前回の記事では、音楽を通じての共感が昔に比べて稀薄になっていく様を述べました。

昔は音楽を通じて多くの人が繋がろうとし、みんなで何か行動をして共有することに価値が見出されていました。

昔からのことでいえば、神社の祭礼に見られるお神楽や能・歌舞伎といった伝統芸能のようなものがそうでした。盆踊りなんかもそうでしょう。みんな待ちわびて楽しみにしていました。近現代の音楽では60〜70年代のフォーク世代と学生運動の関係性にもみられます。

ブームとは一過性のものですが、多くの人が物事に共感を持てないようになったことで、そのブームさえ起こり得ない状況が現在ではないかと思います。ポピュラーミュージック界において今までに様々な音楽が生まれました。多くのマスターピースが誕生し、歴史を埋め尽くしている感があります。すなわち、もうほぼやり尽くしたということです。

全く新しい音楽はもう生まれない。今からやることは、今までのリバイバルや再構築でしかない。だったらもう新しい音楽に耳を傾ける必要もない。新旧ジャンルも構わずに各々好きな音楽を聴けばいい。聴かなくたってもいい。

スポンサーリンク



くるり ワンダーフォーゲル

そんな状況を象徴しているように思える曲が、2000年代の始まりの年、00年に発表された、くるりの「ワンダーフォーゲル」というナンバーです。

歌詞の一部を以下に挙げます。

「僕が何千マイルも歩いたら 手のひらから大事なものがこぼれ落ちた 思い出のうた口づさむ つながらない想いを土に返した 土に返した ~中略~ ハローもグッバイもサンキューも言わなくなって こんなにもすれ違って それぞれ歩いてゆく」(作詞•作曲岸田繁 SPEEDSTAR RECORDSよりリリース)

趣味嗜好が細分化し、みんなが「何か」を共有出来なくなるのは何も音楽に限ったことではありません。

経済・産業界においてもそうです。一つのモノを大量に売るのではなく、様々なニーズに対応して製品を製造できることが重要になってきています。

音楽と人との関係性からもそのことが垣間見えるのでは無いのでしょうか。

そんな時代に突入して早10数年経ち、くるりもデビュー20周年だそうです。

くるり 20周年記念 オールタイムベストアルバム

くるりの20回転(初回限定盤)<CD3枚組+デジパック仕様+豪華・特典ブックレット+スリーブケース>

スポンサーリンク




コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

*