ニッポンはサムライの国か?桜と武士 武士道精神の源=侍殿防護の神勅 

サムライブーム?

数年前から「クールジャパン」と称され、世界で日本ブームが続いていると言われて、最近では日本の人達自身がやっと流行っていることに気付いてきたように思えます。数年前からサッカーはサムライブルー、野球はサムライジャパンとか名乗ったりしています。

 

外国人にしてみたら日本といえばサムライとゲイシャの国なのかもしれませんが、芸者さんは僅かにいますけれども、いわゆるほんとうに侍は当然ながら今の日本には存在しません。

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サムライとは何か?

侍(さむらい)という言葉は「高貴な人の側に控える」という意味だったようです。

それは、日本神話の天孫降臨の際、天照大御神と高皇御産神から出された五つの神勅(しんちょく)のうちの一つ「侍殿防護の神勅」(じでんぼうごのしんしょく)に「惟(これ)爾(いまし)二の神(ふたはしらのかみ)亦同(とも)に殿(おおとのの)内に侍ひつ(さむらいつ)善く防護(ほそきまもる)を為せ」とあります。

これは瓊瓊杵命(ににぎのみこと)と伴に降った神のうち、天子屋命(あめのこやねのみこと) 太玉命(ふとだまのみこと)の二神に対して下された神勅です。

天孫の住む宮殿を守りなさい」という命令です。

サムライという言葉をもっと細かく分析してみますと「」とは穀物の神様つまり「稲の魂」などのことを指します。

サクラの「クラ」とは(くら)すなわち桜とは「穀物の神様が宿るところ」という意味で、穀物の神様の宿り木、神籬(ひもろぎ)だったのです。

なぜそう考えられたのかというと、それは春の訪れを知らせる花だからでしょう。かつては桜の咲き具合で豊作を占ったといいます。

また「亀卜(きぼく)」という占いでは、桜の枝を焼いたものを亀の甲羅に押し付けて、熱によるヒビの形で占いをしたといいます。

かつては「山の神様」が降りてきて「田の神」として、農耕を見守ってくれるという信仰があり、庶民の習わしでは「山遊び」「磯遊び」と称して春には山や海に「神様」をお迎えに行っていました。
当然お祭りですからみんな仕事を休んで、農耕民は山へ、漁労民は海へ神様を迎えに行き、神様と共に食べたり飲んだり(直会 なおらい)をして楽しみました。

一方、宮中や貴族の間では、奈良・平安時代から花見の宴が催され、お酒を酌み交わし、詩歌を詠んでいたようです。

この庶民と貴族の慣習が合わさって今のお花見という形に残っています。

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」は分かりました。では、「むらい」とはなんでしょう?
むらい」とは。「もらふ」つまり「守る」ということです。

※以下『三省堂 大辞林』の項目より
さ もら・う -もらふ 【候▽ふ・侍▽ふ】
( 動ハ四 )
〔「さ」は接頭語。「もらふ」は「守(も)る」に継続の助動詞「ふ」が付いたもの〕

貴人のそばで待機して,その命令を待つ。そばにお仕えする。 「東の多芸(たぎ)の御門に-・へど昨日も今日も召す言もなし/万葉集 184」

様子をうかがい,好機の到来を待つ。 「妹に逢ふ時-・ふと立ち待つに/万葉集 2092」

様子をみて,船出の時機を待っている。 「朝なぎに舳(へ)向け漕がむと-・ふと我が居る時に/万葉集 4398」

つまり、サムライとは本来、「穀物の神様を守る者」とい意味に繋がります。

斎庭稲穂の神勅」にて天孫ニニギノミコトが、「天上の高天原の斎庭の稲穂」を天照大御神より授かり、この稲をもって稲作が行われ、国の主力産業となりました。

古代においては穀霊・稲魂に対する信仰がありました。収穫した稲をはじめとする穀物は、春に蒔くとそれが芽吹いて成長しやがて人々の糧となり、大量に保存できるので、安定した食料が供給されることとなりました。

保管しておいた「稲」を蒔く。何度やっても必ず芽が出ます。これはよく考えると不思議なことです。尽きることのない生命力に対する畏敬の念と、身を養ってくれる尊い「稲・穀物」はありがたい存在として崇められられました

よって、稲は高床式倉庫に大切に保管され、神様の御殿も同様の形状をしています。「伊勢の神宮」をはじめとする「神明造」(しんめいづくり)は高床式倉庫から発展したものと考えられています。お米はほとんど神様です。

しかし、世界のどの地域でも農耕社会が成立すると同時に、戦いのための武器や防御設備を持つ集落が出現し、余剰生産物をめぐって争いが繰り広げられることが知られています。

お侍の始まりは、各集落の首長を警護したり、余剰生産物である「穀物」を守るべく武装して戦った人達だったのではないでしょうか。

戦国時代・江戸時代の「侍=武士」は主君と領民を守り、禄であるお米を貰って生きていました。武功を挙げてより多くの石高を与えられたり、大名ならば石高の高い国を与えられました。

生活のため、神祭りのための大切なお米を守るということは、「国体・国家を守る」ということになるかと思います。

武士の「士」

世の中には「士」と名の付く職業が多く存在します。
例えば弁護士、建築士、電気工事士、気象予報士、運転士、消防士、保育士、これらは専門資格職業で士業(しぎょう)と呼ばれます。医師、看護師、薬剤師など「師」とつく場合もあります。

「士」に人偏が付くと「仕」つかえるという言葉になり、人に仕えるということになりますが、士業においては「仕事に仕える」という意味となり、日本人は仕事を通して「公」のために働いているという意識が根底にあるのではないかと思います。

作家の司馬遼太郎さんは、かつて鎌倉時代の武士の気風である、私利私欲を恥とする「名こそ惜しけれ」という精神に注目し、やがてそれが武家政権の時代に庶民の間においても育まれ、その精神が明治以降の急速な近代化を実現させ、日本の発展の礎になったといいます。

明治のはじめに日本を訪れて旅をしたイギリスの旅行家のイザベラ・バードは、女性一人でも安心して旅ができるほど治安が良く、人々は親切で道徳心が高いと評しました。

バードは旅行中に落し物をした際、馬子(うまを引いて荷物を運ぶ職業)が1里も戻って探してきてくれ、しかも謝礼を受け取らなかったということを記しています。

私は三年ほど前に財布を落としましたが親切な人が届けてくださり、中身はそのままで戻ってきました。お礼が言いたかったのですが、謝礼を貰う権利も放棄され、よって名前も分かりませんでした。

日本の多くはこのように「自尊心に基づいて行動をとる」人たちです。正直に一生懸命働く人たちによってこの国は支えられています。そういった意味では日本は侍の国なのかもしれません。

最後に、レキシさんの”キラキラ武士”という曲を紹介したいと思います。ジャズピアニストの上原ひろみさんが「オシャレキシ」という歴史ネームで参加しています。バンド全体が素晴らしい演奏を披露しています。本当に聴いていて楽しいパフォーマンスです。

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