ビブリオ『驕れる白人と闘うための日本近代史』(著・松原久子/文春文庫)

 

前回は「日本人に生まれてきたことについてどう思うか」をテーマの記事でした。

日本人に生まれてきたことをどう思うか 自虐史観と愛国心について

今回は、日本人を自虐史観の呪縛から解放してくれる本を紹介したいと思います。

『驕れる白人と闘うための日本近代史』(著・松原久子/文春文庫)

著者 松原久子氏について

『驕れる白人と闘うための日本近代史』という本をお書きになった松原久子氏は、ドイツやアメリカで活躍する稀有な右翼です。現在活動されているかどうかは分かりません。

なぜ国外で?」と疑問に思われると思いますが、松原氏は50年以上前に日本の大学をご卒業され、以後はアメリカのペンシルヴェニア州率大学大学院舞台芸術科にて修士号を、ドイツのゲッティング大学大学院にてヨーロッパ文化史学で博士号を取得された学者さんでした。

ドイツの新聞にコラムを持ち、国営テレビの番組にレギュラー出演して日欧文化論を展開されていたそうで、87年からはアメリカのスタンフォード大学フーヴァー研究所特別研究員を経てから著作に専念されたそうです。

参考

wikipedia−フーヴァー戦争・革命・平和研究所

よってこの本はドイツ語で書かれたものを別の方が翻訳なさって日本語で読めるようになっています。

松原氏は多くの日本人の知らない外国の地で、日本に対する攻撃非難に応戦し、自国の防衛のために「日本の弁明」に尽力してこられました。

討論番組に出演した終了後の帰宅途中になんと、外国人の視聴者から平手打ちをお見舞いされてしまうこともあったそうです。

それほど氏の論調は歯に絹着せぬ鋭いもので、日本の誇りを踏みにじるような外国人の発言に対しては「倍返しだ!」と言わんばかりの容赦ない鋭くえぐる如く反論し応戦している様がこの本の冒頭の「訳者まえがき」から読み取れます。

平手打ち事件の後日談として、以下本文より抜粋して紹介します。

松原氏は、次のテレビ出演の際に、平手打ちされたことを番組のはじめに話し、「ドイツには今もって言論の自由がないから身を守るため沈黙すると宣言した」ところ、放送中視聴者から多数の電話がかかり、花束がお見舞いとしてたくさん送られてきたそうである。その中につぎのようなことが書いてあるカードがついていたという。「あなたの言うことは腹立たしい。でも本当だから仕方ない」(本文より抜粋)

 


日本と西欧の関係

 西欧人にしてみれば自分たちの歴史こそが真実であり、他の民族が主張する真実は「挑発」と取られてしまいます。

私は日本国外へは未だ一歩も外に出たことはありませんが、西欧人の感覚と日本人の感覚は随分違うと感じます。

西欧は「自分たちの文化が全てだ」と言わんばかりに、産業技術にしろ科学、文学、芸術、音楽すべてにおいて自分たちの文化を「基準」と世界に強要し、日本もそれを享受してきたと思います。

日本の高校の世界史の教科書を見ても、まるで日本は世界史に関与しなかったかのごとく、西欧人の偏った視点で書かれています。

幕末の開国以来、日本は必死になって西欧を追いかけ、優れたものを取り入れ、美しく優れた西欧文化を取り入れ西欧文化の水準に近づくことが進歩であり、発展であるという「西欧崇拝」を続けてきました。

後進地域ヨーロッパから
戦国期の日本へやってきた宣教師

そんな崇拝があった中、平成4年に『悠久』という雑誌の記事で、松原氏は戦国期の日本にやってきたイエズス会の宣教師達を「後進地域からはるばる日本へきたヨーロッパ人」と呼びました。

当時のヨーロッパはキリスト教の教義によって、人間が自身の身体に関心をもってはいけないとされていました。ですから裸にならない、すなわち風呂に入らないということで、ベルサイユ宮殿のような宮殿にはトイレと風呂が設けられることなく、体臭と戦うために香水が発達しました。

貴族のドレスのスカートがあのように傘のように広がっているのは外で用を足すためでした。人々も皆そうだったらしく、街はゴミと人間や動物の排泄物にまみれ(ハイヒールはそれでも靴を汚さないためにできた)、人々はノミやシラミだらけでした。

このことが原因でペストが大流行し、1348年から1670年までの間に何千万もの人が命を落とし、街は屍で溢れその死臭は凄まじかった。このように、衣食住にいたって衛生状態皆無の不潔極まりない状態だったようです。

衛生状態を文明の一つのバロメーターとして、松原氏はヨーロッパを「後進地域」と呼んだのです。

一方、日本は当時でも清潔好きで、日本人の清潔なこと、街が実にきれいだとイエズス会士は本国に報告しています。

ヨーロッパは貧しい国々だった

『驕れる白人と闘うための日本近代史』の第九章 高潔な動機という章にて、中世ヨーロッパは不潔であるばかりか、かなり貧乏な地域であったことが述べられています。

荒涼とした貧しい土地で、冬が長く寒冷な気候は農耕を営むには厳しい土地で、当時ヨーロッパの貿易における産物といえば羊毛、毛皮、皮革、蜜蝋といったささやかなもしかありません。

薬品や油、砂糖や香辛料、そしてアジアからもたらされる宝石や真珠、珊瑚と陶磁器、生糸や麻、絹織物といった繊維製品、こういった王侯貴族が求める高価なものは、アラブ商人から金銀をもって支払っていました。

産物が乏しいヨーロッパが他に輸出できるものはヨーロッパ人の奴隷でした。ヴェネチア商人は各地から生きた商品である奴隷をさらってきて売りさばいたようです。ヨーロッパ内部でも奴隷売買は盛んに行われていました。

その後、アラブ商人を通さず直接の産地であるアジア地域に進出し侵略支配して香辛料、陶磁器、絹織物を奪い取ろうと航海技術を向上させ、武装して海洋進出し、遭遇したアラブ商船を次々に沈めました。

当時の日本人がヨーロッパ人を南蛮人、すなわち南からやってきた野蛮人と呼んだのはこういった背景があるからでしょう。

大航海時代を生み出した原動力は、自然に呪われたヨーロッパ大陸の貧しさを克服したいという願望だった。(第九章 高潔な動機 本文の一文)

 日本は何故近代化に成功し先進国となったのか

この本では長い間鎖国を続けていた日本が、何故急速に近代化に成功し、技術大国・先進国となったのか、その理由が説明されています。

日本は、蒸気機関や、大砲、戦艦を作る技術は持ちませんでしたが、当時の世界でも抜きん出た優れた社会システムを持っていましたし、学問や医療においてもヨーロッパと同水準、識字率に至っては世界一と、本書を読めば鎖国時代の日本の文化水準の高さに驚愕させられること間違いありません。

貝原益軒の博物学、関孝和の数学、華岡青洲の医学は、当時のヨーロッパに数十年も先んじて各分野において成果を残していました。しかし、日本が鎖国をしていたためにその業績は世界に知られることはありませんでした。

驚くべきことですが、当時の日本は決して遅れた国ではなきく、むしろ世界をリードする先進国だったことを知ることのできる本でした。

 

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