ひたむきに働く日本人の「お祭りパワー」とは? 

お祭り民族 日本人

以前、儀礼をなくして社会は成立しない 普段は意識しない「祈りの動作」=「まじない(呪術)」=「儀礼」だらけの日常生活という記事にて、普段は意識しないが生活の中にあらゆる儀礼が溢れていることについて書きました。日本神話でいけば、我々の生活の始まりは神々の神事によって始まり、衣食住に関しても天上の神々の世界さながらの生活を実現すべくもたらされたことになっています。

現代においてそのような感覚で生活している人は少ないとは思いますが、その影響といいますか特質として今の日本人に確実に受け継がれているように思います。

日本人は、初めて見るものや聞くもの、取り組みに異様な興味と関心を持ち、子供のように物事に夢中になったり、熱中したりするという特徴があります。

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戦国期の日本にポルトガル人によってもたらされた鉄砲は、即座に日本人にコピーされ、さらに性能を向上させて国内で大量生産が開始され、鉄砲が売れると踏んで西洋人が日本に運んできましたが時すでに遅しでした。また、幕末期に鉄を作る反射炉を作った薩摩藩の技術者たちは、西洋人からその技術を習得したのではなく、その原理のみを書物から学び、試行錯誤の末に建造したのだといいます。

このような性質こそ、日本人がお祭り民族である証なのではないかと思うのですが、日本人のお祭り気質についてテレビでもおなじみの斎藤孝教授が過去に著書の中で著されていましたので、以下にその部分の文章を引用したいと思います。

お祭り気分で盛り上がれ!

この子供の感覚、バカにしたもんじゃないですよ。この感覚によって生み出される力がある。

ひとつは、お祭り気分です。子どもみたいに夢中で盛り上がっていく力。

前の章の「日本は二度奇跡を起こした!」と書いたところで、日本は敗戦から立ち上がるスピードが速かったという話(三十七ページ)をしたでしょう。

1945年に敗戦になって、十九年後の1964年の東京オリンピックのときには、もう新幹線のできてたし、首都高速道路もできていたんだから!

すさまじい速度ですよ。この速度を支えていたのが、日本人の楽天的な性格、お祭り気分ですよ、まさに。

「新幹線は、オリンピックに間にあわせるのはムリ!」

と言われたのに、オリンピック開式に間にあったんだよ。それを“突貫工事”って、その当時いいましたね。とにかく、

「突貫だ、突貫だ」

「夜中じゅうやれば間にあうだろう」

と言って、みんなたいへん。たいへんなんだけれどムリヤリ間にあわせるという、このハイテンションな民族!まさに祭りだね。ワッショイ、ワッショイって感じになっちゃうんだな、僕らは。

この感じ、僕はとてもいいと思います。お祭りのように盛り上がっていく感じは好きです。僕ら日本人がもともと持っている国民性なんですね。

パッと火が点くと、めらめらとっと燃え上がるような発展力。いったん始めると、夢中になってとことんのめり込んでしまう集中力。これは、こどもが持っているよい性質を、日本人みんなが民族性として持っているんだといえるね。(『キミは日本のことをちゃんと知っているか』斎藤孝/PHP より引用)


こんな感じで日本は戦後復興の勢いと、オリンピックに伴う急速なインフラ整備、高度経済成長と加速度的に発展して今日を迎えました。また日本は、地震、台風、がけ崩れ、河川の氾濫と、何かと災害の多い国でもあるわけですが、被害にあってもその都度めげることなく、力強く復興してきました。

2011年の東日本大震災の際にも、海外ではこのような視点で日本の未来を見据えていました。

「1923年の関東大震災では東京が灰と瓦礫の海と化し、先の世界大戦では米軍の空爆によって京都を除く日本中の町が焦土となった。1995年には阪神淡路大震災があった。しかし、崩れるたびに、日本人は再建してきた。より大きなもの、より優れたものへと。だから日本人はまた同じことをやってのけるだろう」(イギリスの新聞デイリー・テレグラフ2011年3月の東日本大震災3日後に掲載された記事より)

先日の博多駅前の道路陥没事故に際して、不断の突貫工事でスピード普及したことが世界では驚嘆と賞賛の嵐が巻き起こっっているといいます。BBCは「日本の技術と効率性を証明した」と報じました。

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・BBC


ミソギハラヒの力

災害や戦争から復興するにはまず、心が立ち直らねばなりません。日本は災害の多い国だったからこそ、その被害にあっても「落ち込んでいても仕方がない」と立ち直りも早かったのではないでしょうか。江戸時代の江戸の街は幾度も大火に見舞われましたが、焼けたらすぐに建て直し、街を一周してきた火がまた家を襲い焼けてしまったなんて話を聞きます。それでも「あちゃー、仕方ない」とうい感じで、さすが宵越しの銭を持たない(お金はあったらその日のうちに全部使う)江戸っ子は違うなと感心します。これが極端な例の「一日一生(一日が一生、明日よりも今を生きる)」「毎日、その日が新たにやってくる」という考えではないかと思います。

過去のことにとらわれたり、未来を憂いても仕方がない。今を一生懸命生きてより良い未来に繋げようという努力しかない。これがつまり「働く」=「端を楽にする」ことで、心配や不安は神道でいえば「罪」や「穢れ」が心に霞んで魂や心を曇らせる原因となります。

神道は清浄を重視します。人の罪や穢れが神様に触れないよう、神社を参拝する時にはミソギとして手水によって手と口を清めます。よく「水に流す」と言いますが、水が悪いものをすべて取り去ってくれるという「水に対する信仰」を表す言葉だと思います。

ストレスが問題となる現代社会。病気の原因の多くがこのストレスによるものだといいます。どうか、日本人には、先祖からの教えである「禊祓(ミソギハラヒ)」を実践し、心配や不安を振り払い、心穏やかに、この社会の繁栄に務めいけたらよいのになと思います。

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