日本は特殊な社会構造「小さな天皇制」 理想のリーダーのあり方について

いかにして
強力な神の魂を迎え入れ
力を吸収できるかが問題

日本人にとって「政治」とは如何にして共同体に強力な〈カミ〉を招き入れられるか、内部に神の力を宿し、その力の恩恵を人々にもたらすことができるかが重要なテーマであったと思います。

参考記事

来訪するカミ マレビト論の実際① 神事として発生した「芸能」の呪術性について

 

来訪するカミ マレビト論の実際② ニュートリノ

 

来訪するカミ マレビト論の実際③ パンスペルミア仮説

 

古より、政治は「マツリゴト」であり、つまり「マツリ」=「祭」。

政治とは神事に他なりません。

ヤマト王権が三世紀後半に成立しますが、天皇家は中国大陸、朝鮮半島との輸入ルートを掌握し、銅鏡といった〈威信財〉を分け与えることによって地方勢力に対して優位性を保ちました。

参考記事

日本の歴史 空白の百年の間に成立した大和王権の謎

 

鏡や剣といった鉄器、戦に大活躍する馬、そして様々な文化や技術が渡ってくるルートを独占するということは、すべてが天皇家を通して大陸の優れた〈モノ〉がもたらされるということです。

スポンサーリンク



殊に昔の人々にとって、「海の向こうからやってくる何ものかが自分たちに幸せをもたらしてくれる」という考えがありました。これを〈マレビト信仰〉と呼びます。例を挙げますと、日本では昔、海難者の亡骸さえ恵比寿神として祀ったといいます。

とにかく日本人は総理大臣、県知事や市長、はたまた自治会長。会社の社長にしても、〈カミ〉を迎え入れてくれる人をお上(おかみ)といい、上のものは欲を出さず、ひたすら調整、すなわち〈マツリ〉=〈間釣り合わせに〉徹することが必要でした。

それ以外も人たちは、難しいことはみんな上に任せ、ひたすら真面目に正直に、一生懸命働きます。神道では「明(あか)き清き心」といって正直な、二心(ふたごころ)のない、偽りや邪心のない、清々しい清らかな心が大切であると言われてきました。

もし誰か一人でも、それを怠るものがいればその間違いは〈罪穢れ〉となって不具合が生じ、社会全体にとって障害をもたらします。これが日本人の倫理観なのではないでしょうか。

欧米からもたらされた民主主義の、〈意見と意見を戦わせ議論し、正しい結論を導き出して未来を切り拓いていく〉といった感覚とは異なる考え方です。このあたりの違いを十分理解していなければ、日本の社会においては、不都合が起きるのではないでしょうか。

つまり日本ではその社会の枠の中に神様の力、魂を宿すことでその力の恩恵を授かり、調和のとれた社会となり、さらに発展し栄えて豊かな暮らしを送ることができるということです。

スポンサーリンク



高島康司氏の論説

ここで、社会分析アナリストで著述家である、高島康司氏の日本社会特有の組織構造についての分析を紹介したいと思います。

以下は引用文です。

日本人は、「神」(超越的な全体性)が宿る「和」の実現のために調整する

 超越的な全体は、どんな場にも「宿る」ものです。(中略)ところが、誰か一人でも自分に与えられた役割を怠っているものがいれば、この「和」としての調和は実現せず、「神」(超越的な全体性)は宿ることをやめます。(中略)「神」(超越的な全体性)が宿る「和」の調整は、あくまでも超越的なものなので、誰か特定の個人の意思が反映されてはなりません。その全体性は、「お陰様であり「お天道様」などとして、個人の意思とは別の次元に存在していてしかるべきものです。これを個人の意思や、ましてや個人の欲望によって誘導することは絶対に控えなければなりません。

 そのため、日本的な組織のリーダーは、あくまで調整役として機能しているので、個人の方針で組織を動かす上意下達式のリーダーにはなり得ません。これはどんな調和も「神」(超越的な全体性)の表れであると感じる感性からすれば、当然のことです。(中略)

 組織のリーダーは、あくまでまとめ役と調整役でなければなりません。言ってみれば、リーダーは調和的な「和」の神様である超越的な全体性を、その場に迎え入れる神主のような存在です。場の空気を読み、関係者全員の意見を調整して準備すると、理想的な状態が実現できるというわけです。

 (『「資本主義2.0」と「イミーバ」で見た衝撃の未来』著 高島康司/ヒカルランド P.83〜85より引用)

高島氏は〈神〉=〈超越的全体〉であると、社会や組織全体にまで拡大して捉えていらっしゃいます。

つまり日本社会においてどんな小さな組織にしろ、小さな社会が形成される世界においては、リーダーはあくまでも調整役に徹して個人の意思を反映してはいけないということになります。

すると、日本には小さな天皇制のようなものが多く存在することになります。

確かにその方が上手くいきそうです。組織のリーダーになる人には、恐れ多いでが、天皇陛下のお姿を見習って頂きたいものです。世界最高位の権威にある天皇陛下ですら「えっへん」と威張ったりされません。天皇陛下ですら決して権威を誇示されたりしないのですから、この世に威張れる人間など一人もいません。

経営する会社が、世のため人のため、社会に必要とされる仕事が出来るよう。毎日只々ひたすら神様に会社の発展と社員の幸せを祈り、実際の運営は信頼出来る部下に任せて余計な口出しはせず、いつも笑顔で社員に安心を与え、問題が起これば水面下で調整し穏便にことを収める。

これが、理想の社長像ということでしょう。

 


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

*