分かり合えない他者とつながるためにこそ いきものがかり放牧宣言に触れて

▲画像・www.united-lounge.comより


いつの間にか存在していた
いきものがかり

私は、普段から家族が録画してくれたテレビ番組を視聴することが多いのですが、昨年末にNHKの番組SWITCHインタビュー達人達の再放送ということで、いきものがかりの水野良樹氏と、映画監督の西川美和氏の対談を見ました。

いきものがかりさん達は、2006年にメジャーデビューされ、以来多数のヒット曲を世に贈りだし、昨年までNHK紅白歌合戦に9年連続で出場するなど、いまや国民的なグループといわれるようになりました。

いきものがかり

人気絶頂のこのグループは今年に入ったばかりの2017年1月5日、公式サイトにて「放牧宣言」をし、当然の活動休止となり波紋を呼んでいるようです。

私の聴く音楽はだいたいタワーレコードに行っても買えませんし、iTunesの聴き放題にもなく、ユーチューブやもしくは他の動画サイトに頼ることもしばしば。音楽マニアではないにしても、マイナー(現代日本社会において)音楽大好きな私にとって、いきものがかりさん達の音楽は、真逆の超メジャーな音楽です。だからといって毛嫌いしている訳ではなく、かといって好きでもありませんでした。10年も活動しているのには驚きで気が付いたら身近なところでよく流れている音楽でした。

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人間と人間は
分かり合えないという前提

まあ要するに関心が無かったのですが、先の番組を、お酒を飲みながらぼ-っと視聴していました。そんな中、いきものがかりのメンバーで、メイン作曲者である水野良樹氏の音楽に対する発想が、実に面白かったのです。

分かり合えない他者とつながるためこそ 僕は大衆歌を書いています」と水野氏はおっしゃいます。氏は、中学高校時代に周りとのコミュニケーションがスッパリとダメになってしまい、クラスとの誰とも話さなで半年ほど過ごすことがあったようです。一緒に弁当を食べる人が誰もいない。そういったときに歌を作って高校の友達に教室で聴かせたところ、オーバーリアクションで大絶賛され、天才だとか、凄いだとか、とにかく褒めちぎられたようです。

そんな経験があって作曲家としての水野氏のスタンスが確立されたようです。昔は誰もが聞いて口ずさんで共感できる大衆歌というものがありました。昨年11月にアップした音楽無しの生活は考えられない① 音楽を聴くという当ブログの記事の中でもこのことに触れましたが、コミュニケーションツールやメディアの多様化は、人々の趣味趣向をも多様化してしまいます。

くるりというバンドのワンダーフォーゲルという曲は「僕が何千マイルも歩いたら 手のひらから大事なものがこぼれ落ちた 思い出のうた口づさむ つながらない想いを土に返した 土に返した」と歌いそれを表現しているように思うのですが、このような繋がらない事実が前提があってから始まる音楽もまたあるという、一つの発見がありました。これは私にとっては大きな前進でした。

正直、いきものがかりの音楽の思想的バックグラウンドのそのような深さがあったなんて驚きです。多くの人に聴かれる音楽の根底には何かがあるものだなと思った次第です。水野氏と私はほぼ同じ年齢ということもあり、世代的問題意識を共有しているのかもしれません。

番組の中で、対談相手の西川氏が、どうしたら人を惹きつけられるのか、コツや奥義のようなものがあるのかという問いに対し以下のような受け答えがありました。

水野 なるべく多くを書かない。書く力がない野かもしれないですけど器になることを大事にしたのはプラスになってると思うんですね
西川 器ですか、中身ではなくて。
水野 器ではないです。僕大前提として「人間と人間は分かり合えない」があって共感する歌は広く届かないと思う。ある程度まではいきますけど。ある人が「この言葉は自分の言葉だ」って思った時が一番届くような気がしてるんです。

人間と人間は分かり合えない。だからこそ、中身ではなく器になる。水野氏は音楽に救われ、水野氏の音楽は人を救っているなと感じる対談でした。




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