日本の伝統的社会の破壊は何によってもたらされたのか? 民俗学の可能性について

日本民俗学の視点で
歴史の変遷を知る

日本の社会はひと昔前と比べて大きく様変わりしました。あまりにも変化が大きく、そして多すぎて、何がどう変わってしまったのかをきちんと整理する必要があります。そうしなければ、我々はこれからどう進んでいいのかが見えてきません。

そこで役に立つのが日本民俗学の視点ではないかと思います。日本人の生活、精神文化がいかに変わってきたのか、その変遷を確認することが重要かと思います。

例えば、柳田國男先生の著書に、『明治大正史 世相篇』という本があります。

明治〜大正にかけて、およそ60年間に起こった庶民の生活様式の変遷を「固有名詞をできるだけ避けて私たちの眼前に現れては消える事実のみで描き出そう」(本文より)とする試みがなされています。この本は、明治大正の日本人の暮し方、生き方を、民俗学的方法によって描き出した画期的な世相史なのです。

天皇陛下の譲位により、平成という時代が終わりを迎えようとする今。日本の社会の何が変わり、失われたのか。そして、何が、なぜそうさせたのかを確認する必要があると思います。そして我々は未来のために何を行うべきかを一人一人、対策を講じる必要があるのではないでしょうか。(ちょっと鼻息立て過ぎでしょうか?)

日本社会の劇的変化
失われゆくイエとご近所

日本人の生活において、戦中と戦後、そして現在の日本を比較してみると、何が決定的に違うでしょうか?一番の変化は、家族や地域といった共同体のあり方や関係性が大きく変わってきたように、私は感じます。

「国民の皆さんは、子は親に孝養を尽くし、兄弟・姉妹は互いに力を合わせて助け合い、夫婦は仲睦まじく解け合い、友人は胸襟を開いて信じ合い、そして自分の言動を慎み、全ての人々に愛の手を差し伸べ、学問を怠らず、職業に専念し、知識を養い、人格を磨き、さらに進んで、社会公共のために貢献し、また、法律や秩序を守ることは勿論のこと、国家に非常事態発生の場合は、真心を捧げて、国の平和と安全に奉仕しなければなりません。」

これは教育勅語を現代語にしたものの一部ですが、戦前は家族や地域は勿論のこと、国民全体が結束していた時代でした。しかし、これは上がそうしろといった訳ではなく、日本は伝統的にお互い助け合って生きてきたに過ぎません。明治に入ってから教育勅語など国の政策によって、国民は国家としての日本という感覚を持ち始めました。

昔ならば、長男は結婚しても家で両親や祖父母と同居することが基本でした。しかし現在は核家族化が進んでいます。さらに離婚率も上がってきていますから、母子家庭も急増中。また、結婚しない人も増えていますから、ずっと一人暮らしで人生を過ごす人も多いでしょう。昔と今を比べると生活する家族構成が大きく変わってきていることが分かります。

都会に人口が集中し、地方は過疎となる日本全体の人口の偏りを考えると、地域共同体とのつながりも希薄になったように思えます。農作業や、住宅の建設、引っ越し等と、昔は何をするにしても近くの知っている人が頼りでした。

昔の地域共同体には「結(ゆい)」や「もやい」という相互扶助の制度があり、人手が必要となった際、人々は協力し合っていました。今は、屋根の葺き替え、引っ越し等が必要となった際、お金さえ払えば知らない人からでも、様々なサービスが受けられます。

こうしてみると、今は昔と比べて人と人との繋がりが希薄になっているように思えます。お金は便利ですが、人と人の関係を断絶できる必殺道具といえます。

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日本の「イエ」を破壊したという
ある民俗学者の話

私は大学時代、民俗学の教授にご指導をいただきました。ある日、ゼミの講義で先生がある驚くべき事実について述べられました。それは、あるアメリカ出身の日本民俗学者が、実は日本より帰国の後、対日工作の作戦を担当する職に就いていたということです。

先生は、本人に会きたといい「その事実は本当なのか」と問い正したところ、本人は事実を認めたそうです。その学者が行ったことは、いかにして日本の「イエ」という制度を解体し、日本を弱体化させるかを目的に、日本民俗学で培ってきた知識を活用したといいます。

私の先生をはじめ、留学当時、たくさん世話をしてあげた日本の民俗学者達は怒っていると、先生は伝えたそうです。本人によれば、当時は、アメリカの大企業が日本企業に次々と買収されるなど、日本の経済成長は驚異に他ならなかった。日本を封じ込めてアメリカを守るためには仕方がなかった。どうか分かって欲しいと、とても悪いことをしたと思っているようで、今後は日本人のために尽力したいとおっしゃっていたようです。ですから、その方のお名前は伏せさせていただきます。

明るみに出ている
裏工作の事実

しかしなぜ、そんな行為が許されるのか。もちろん、やられた方は許しませんが、そのような行為を行って良しとする道理はなんでしょうか。今から5年前に出版された『戦後史の正体』(著/孫崎享・創元社)という本がありましたが、この本にその答えが書いてありました。

元CIA長官がイタリアへの裏工作の手口を本に書いて出版しているそうですが、このような裏工作は数世紀も前から広く行われていたようです。

他国の主権を侵害するそうした裏工作がなぜ道徳的に許されるかといえば、国家は自衛のためには軍事力さえ使うことを許されている、だから軍事力以下の形での干渉、つまり違法行為をともなう裏工作についても、自衛のためなら当然許されるはずだといっているのです。(本文p.12より)

そういう訳ですが、元外務省の孫崎氏は、日本は終戦後、米国の圧力や裏工作を常に受けて続けてきたといいます。

多くの政治家が「対米追従」と「自主」のあいだで苦悩し、ときに「自主」路線を選択しました。歴史を見れば、「自主」を選択した多くの政治家や官僚は排斥されています。(p8)

日米交渉の最先端で米国と交渉していた大蔵省の知人も、次のように振り返っています。「アメリカと交渉をする。今度は勝てるかもしれないとがんばる。とたんにうしろから矢が飛んでくる。見ると首相官邸からだ。『もうそれ以上主張するのはやめておけ』。そんなことが何回あったかわからない」(本文p.10より)

このように、日本はアメリカに常に干渉を受けてきました。カーター大統領政権時、大統領補佐官だったブレジンスキー氏は、日本を米国の〈安全保障上の保護国〉に位置づけられると明記しているそうです。

日本が米国の保護国であるという状況は、占領時代に作られ、現在までつづいているものです。ではなぜ、日本が米国の保護国であるという状況が、一般国民には見えないのでしょう。それは実にみごとな間接統治が行われているからです。

間接統治では、政策の決定権は米国がもっています。しかし米国の指示を執行するのは日本政府です。「米国が日本政府に命令している場面」は国民に見えません。見えるのは日本政府が政策を実行しているところだけです。その部分だけを見ると、日本は完全に独立しているように見えます。しかしだれが安全保障政策を決定し、命令しているかとなるとそれは米国です。日本はただ従属しているだけというケースが多いのです。(本文p51〜52より)

何故ここまでに米国に従属せざるを得ないのか。それは米国の占領時代の検閲に当たった人々が米国に掌握されたことが大きいのです。

占領中、米国は日本の新聞や雑誌、書籍などを事前に検閲し、印刷を中止させたり、問題のある部分を白紙のまま印刷させたりしていました。さらに個人の手紙に関しても、年間何万何千通という規模で開封・翻訳し、日本人全体の動向を把握し、コントロールしていたのです。さらに問題なのは、こうした検閲の事実そのものが、日本人に秘密にされていたということです。(本文p127より)

高度な教育のある日本人5000名が検閲に参加していたようです。

この「高度な教育のある日本人5000名」とは、いったいだれだったのでしょう。そしてその後、どうなったのでしょう。これまでに、ほんのわずかな人たちが、自分が検閲官だったことをあきらかにしていますが、その人たちはいずれも大学教授や大新聞の記者になっています。

ほかの人たちも当然、占領終結後は官界やジャーナリズム界、学界、経済界などでそれなりのポストをしめたはずです。彼らは自分が日本人検閲官だったという前歴を「公表するぞ」といわれたら、非常に困ったと思います。つまり米国の諜報機関に利用されやすい条件をもつインテリ層が戦後の日本には大量に存在した。その数、5000名もいたのです。

占領政策としてみれば、なんという上手いやり方だと感服してしまいます。

このように、我々日本人は常に米国の思惑に左右されてきました。占領当時米国は、日本に再び戦争をさせないように国力を抑えようと、貧しい国にしてしまおうと考えていたようですが、朝鮮戦争や冷戦をきっかけに、共産国の脅威の、極東における防波堤として日本を経済的に自立させるという政策転換が行われました。このおかげで日本は経済大国となりました。

ところが冷戦終了後、共産国の脅威が消滅した後は、日本の世界への経済進出こそ脅威に他ならないものとなりました。前述の通り、日本のイエ制度を徹底的に破壊して日本の国力を削ぐ工作が行われました。
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実際に何が行われたのか?

実際にどんな政策によってそれが行われたのかを、少し考えてみたいと思います。

まず、夫婦別姓や同性婚の容認なんかは、いかにも分かりやすいと思います。

それから、経済の問題では都市に人口が集中し、地方が過疎化するという問題。そういった経済の仕組みには何かしらのアメリカの影響があると思います。医療や福祉、教育、学術研究、小売業、宿泊飲食業、金融業、運送業、情報通信、娯楽などはいずれも都市で営まれる産業です。つまり、農業、漁業、林業など、地方で営まれる産業に就く人は減り続けています。機械や情報技術といった科学技術の進歩がそれを促したといえるでしょう。

地方から都市へ人口が流入すれば必然的に核家族化が進むでしょう。また、規制緩和などで、購入しやすい住宅が普及することにより核家族は増えるでしょう。たとえば海外の映画やドラマで、広い一人部屋は日本の家族がひしめくそれとは違って、「カッコイイな」と思わせたり。考えすぎでしょうか。

地域共同体の危機として、自治体の区分が大通りを挟んで行われるようになった、いわゆるアベニュー制が導入されたことで大きく変わったといいます。昔は通りを挟んだ向こう三軒と、両隣が最小のご近所だったのですが、通りで自治体が分けられると、繋がりは希薄になります。町内会の行事で顔を会わせる機会が失われると、自然と会う回数も激減してしまうといいます。

私は恥ずかしながら、あまり政治や政策には関心を持って生きて来ませんでした。ですので詳しく分析することはできません。憶測で陰謀論の域を超えませんが、何かやられちまったことは確かなのです。誰か詳しい人がこの記事を読んでいましたならば、ぜひ教えて戴きたいと思います。

日本民俗学の研究成果の蓄積の活用によって日本のイエ制度が破壊されたのなら、その逆も出来ると私は信じます。そうでなければ柳田先生や折口先生に申し訳ないですし、とても悔しいと思っているからです。


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