「蝸牛考」から64年後 日本全国アホ・バカ分布図の完成によって実証された方言周圏論の有効性

日本全国アホ・バカ分布図

大阪の朝日放送に、探偵ナイトスクープ(1988〜)という番組があります。現在全国35局ネットで放送されているそうです。私も以前はよく視聴していました。番組の内容は、視聴者から寄せられた謎や疑問に関する依頼を受けて、探偵局に所属するタレントや芸人が探偵として調査を行い、真相の究明にあたるというバラエティー番組です。

その探偵局に、平成2年(1990)この番組にある新婚サラリーマンからの依頼が舞い込みます。

「私は大阪生まれ、妻は東京出身です。二人で言い争うとき、私は『アホ』といい、妻は『バカ』と言います。耳慣れない言葉で、お互いに大変傷つきます。ふと東京と大阪の間に、『アホ』と『バカ』の境界線があるのではないか?と気づきました。地味な調査で申しわけありませんが、東京からどこまでが『バカ』で、どこからが『アホ』なのか、調べてください」(『全国アホ・バカ分布考』(著・松本修/新潮文庫)p.21より)

これに対して当時の局長であった上岡龍太郎氏が「なるほど。これは一見バカバカしそうに見えますが、実はこの、フォークロアと言いますか、民俗学ね。文化の境界線を探るというのは重要な調査です。これをなんと、北野誠探偵で行きますが、彼にできるでしょうか?」と言い終わるとすかさず顧問のキダ・タロー氏が「失敗ですね」と言い会場は大爆笑。北野探偵は調査が中途半端で問題が解決に至らないケースがよくあるからです。

なにはともあれ、北野探偵は調査に乗り出します。その調査方法は、東京から人に「バカ!」と言われるような行動をとってアンケート調査をしながら西に向かうという単純明快なものでした。

静岡までは人々から出る言葉は「バカ」でした。しかし、名古屋のサラリーマンから「タワケなジャイアンツ、とうしょうもねえ。話にならんがな」という言葉がでます。

突然タワケが出現し衝撃を受けるとともに、それならばと、急遽アホとタワケの境界線を探る調査へと切り替えます。名古屋に一泊したあと滋賀県米原町へ行き、そこでは「アホ」でした。そこで岐阜の大垣市に引き返すと「タワケ」。この間を行ったり引き返したりしながら漸くその境界を見つけ出しました。その場所は、滋賀県と岐阜県の県境の関ヶ原あたりで、滋賀県のいちばん東にある山東市と、岐阜県でいちばん西にある関ヶ原町の民家を行ったり来たりして、民家3軒の聞き取り調査から結論を出し調査は終了します。

VTRがスタジオに戻ると上岡局長が北野探偵に言います。「で、『バカ』と『タワケ』の境界は?」と質問が。その後のやり取りで、北野探偵はアホ・バカの全国分布図を作成することになります。

番組の終盤では、九州で育ったという岡部まり秘書に九州では何というのか振られ、岡部秘書は「『バカ』、って言う気がしますね」と発言し、探偵全員が椅子から立ち上がって驚きます。収録後、上岡氏がプロデューサーに対して、「『アホ』とか『バカ』などといった言葉は、きっとまだ学者も調べていない」と話しかけたといいます。

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アホ・バカの
全国分布図の調査

以後、アホ・バカの全国分布図を作成は、番組のプロデューサーの松本修氏に委ねられます。この調査は後に日本のテレビ界の賞を総なめし、それどころか言語学会にも大きな衝撃を与える研究となりました。これは後に『全国アホ・バカ分布考』という著作にまとめられます。

はじめに、番組の視聴者に改めて情報を募ったところ次々とハガキが寄せられました。これをもとに第一次アホ・バカ分布図が完成します。東日本と西日本の岡山から九州北部にかけては「バカ」。愛知・岐阜は「タワケ」。関西は「アホ」だが、播磨や姫路では「ダボ」。香川は「ホッコ」。石川、富山は「ダラ」。北海道・青森は「ハカクサイ」。茨城は「ゴジャッペ」。徳島は「ホレ」。島根では「ダラズ、ダーズ」等と様々なバリエーションがあることが確認された。

分布図を作図する過程を見ていたあるディレクターが言います「あっ」「蝸牛考や!」と。ここにきて、番組制作者が柳田の提唱した方言周圏論の有効性を示すような分布図であることに気がつきます。

その後も放送回を重ねる度に視聴者から情報が寄せられます。その中には郷土愛から、「分布図が違っているから訂正せよ」との便りもあったそうで、当時番組の構成作家だった百田尚樹氏のずさんな作業がかえって幸いし、分布図の精度が上がっていったといいます。

しかし、視聴者からの情報だけでは番組が放送されてないところに空白地帯ができ、むらが出てしまいます。そこで全国の市町村の教育委員会に対してアンケートを送付し、返事が無い所には電話を掛けて聞き取りを行うといった徹底した調査を行い情報収集し、分布図を最終段階へ仕上げていきます。



旅をしたコトバ

そんな中、松本氏は方言分布図の成り立ちを理解しようと、再び調べます。書店で『日本の方言地図』(徳川宗賢編・中公新書)という本を手にします。松本氏曰く、こちらの方は難解な柳田國男の『蝸牛考』に比べ大変理解しやすかったようです。

これによれば、方言の様々なパターンが示されており、その例として日本アルプスの鈴鹿山脈を境にし、東西に言葉が分かれることがある。これは、自然の障壁が人の行き来を阻むためです。さらに、近畿をはさんで同じ方言が東西に分かれて分布する場合には〈方言周圏論〉を考えなければならないといいます。例えばAという言葉が東京と九州に分布し、近畿のBという言葉をはさみ込んでいるのならば、Aという言葉は古い時代の京都の言葉だったことが推測されるといいます。

一つの魅力的な言葉が流行すると、地方に向かって「言葉は旅をした」ということです。「古語は辺境に残る」ということは昔から分かっていたようですが、柳田國男はその規則性に注目し、古い時代に都で使われていた言葉ほど遠い地方に残り、順々に新しい言葉ほど都に近いところに残っていることを「蝸牛考」で示したのでした。

若し日本が此様な長細い島でなかったら、方言は大凡近畿をぶんまわし(コンパスのこと)の中心として、段々に幾つかの圏を描いたことであらう。」と「蝸牛考」の一文にあります。

言葉が時間を掛けて地を這うようにして旅をしたとするならば、どのぐらいのスピードかと申しますと、言語学者の徳川宗賢氏の調査、計算によると1年間に930メートル。1日換算でいくと2メートル55センチという、奇しくも柳田が方言周圏論で着目したカタツムリの進むスピードぐらいなのでした。

番組で作成した日本全国アホ・バカ分布図をご覧になった徳川宗賢氏は「もし柳田先生がこの地図をご覧になったら、きっとお喜びになったことだろうと思います」と仰ったといいます。

日本全国アホ・バカ分布図

ようやく実証された
重出立証法の有効性

松本氏はこの研究成果を学会で発表することになります。その学会の閉会にあたって、言語学会の重鎮の先生より次のような言葉があったといいます。

「朝日放送の松本さんの発表にはびっくりした。私たちならば二〜三年かかることを、テレビの力で、人を沢山使って、このような短い期間でまとめあげられた。(中略)名詞・形容詞など、品詞を無視したことは、本来、私たち言語学者には我慢ならないことである。しかしながらこの研究は、そういうものを遥かに超えている。みごとに方言周圏論をお示しになった。」(全国アホ・バカ分布考』(著・松本修/新潮文庫)p297〜298より)

全国アホ・バカ分布図研究が成功したのは、テレビ番組の力で膨大なデータを収集し、尚且つ多くの文献を渉猟した上で、すぐに結論を出さずにじっくりと考え抜いたからだと思われます。

これこそ重出立証法の研究理論の実践なのでした。1970年代には言語学者の間で方言周圏論は有効だと論証されてきたにも関わらず、前述の通り1970年代後半に民俗学者の間で柳田の考えは否定されてきたことは前回も述べました。

後に、2011年に デンマークのコペンハーゲン大学ニールス・ボーア研究所と九州大学の研究者との共同研究による成果が、論文で発表されています。(論文のPDF

もし柳田先生がこの地図をご覧になったら、きっとお喜びになったことだろうと思います

そんな過去の状況があったことを知ればこそ、徳川先生の言葉の真意が伺えます。




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