時間の正体は音楽!? 432Hzの音楽が世界を変える? 音楽の周波数 ピッチについて考える

前回はこの世に時間は存在しない?という記事でした。

今回は音楽記事ですが、時間の正体はもしかして音楽!?ということについて考えたことを話そうと思います。

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ドレミファソラシドでも
ピッチによって異なる〈音〉

はじめに音楽の周波数についてお話ししたいと思います。

普段あまり考えることは無いと思いますが、オーケストラの演奏やポピュラーミュージックに至るまで、テレビやラジオ、ネット等で我々が普段耳にする音楽のほとんどが440Hzに統一されています。

ドレミファソラシドでいう「ド」(A)基準となる音が440Hzという周波数にすべての楽器がチューニングされているということです。これは国際規格オーガニーゼーション ( ISO ) 1953年に促進して以来そうなったようです。

しかし最近432Hzの音楽が注目を集めているようです”432Hz”と入れて検索するだけで多くの関連記事がヒットします。432Hzの音楽耳に優しくリラックスでき、調和がとれていて、数学的に宇宙のパターンと一致しているともいわれています。

 一方の440Hzの音楽は聴く人に緊張感を与えているといいます。

それが本当なら世の中のほとんどの音楽が緊張感をベースにしたリラックスできない音楽になってしまうということになります。一説には、ナチスが恐怖と攻撃性を最もよく引き起こす音の周波数の範囲を決定するために、科学的研究を行ない、標準としてこのピッチを採用することを支持していたともいいます。

このような陰謀説はおいたとしても、世の中が戦乱期を迎えると音楽のピッチつまり周波数は上がるようです。

現在日本の雅楽は430Hzに統一されていますが、日本が戦乱期だった南北朝時代や戦国期にはなんとピッチが上がっていたそうです。(天理大学の教授が仰ってました)

雅楽の演奏の際には、織田信長の織家の家紋が後ろに掲げられることがあります。それは戦国時代に織田家が戦乱で衰退した雅楽の伝承を守ったことに由来します。

もっとも、雅楽のピッチが430Hzに統一されたのは宮内庁式部職楽部という宮中で雅楽を奏する楽団が出来た時といわれていますから、それ以前ははっきりとピッチやテンポも決まっていなかったとも考えられていたりします。

私は雅楽の演奏時、やや音のピッチが上がり気味になるのですが、もしかしたら432Hzで吹いているのかもしれないと思ったりします。(多分違うけど(´Д` ))

篳篥はリードのくわえ方で、おさえる穴を変えることなく、一音上げたり下げたりするぐらいとても微妙で、音を一定の高さで出すには音感が良くなければ出来ません。非常に感覚を頼りにする楽器であります。苦労しています。

ルドルフ・シュタイナーが
教育上最重要だと考えた〈音楽〉とは?

ルドルフ·シュタイナー氏によれば、「C=128Hzでチューニングされた音は、精神の自由に向けて人間性をサポートする。人間の内耳は、C=128Hz用に構築されている」(※C=128HzはA=432Hzとなります)ということです。

ルドルフ・シュタイナー(1861〜1925)は、バルカン半島のクラリェヴェクで生まれ、オーストリアやドイツで活動した神秘思想家、哲学者、教育者である。 ・upload.wikimedia.org

 

私がルドルフ・シュタイナーのことを知ったのは大学の授業でした。スピリチュアルやカルトをテーマにした宗教社会学の講義の中で、〈教室でいのちを教えられるか?〉という問題に対し、学生が自分の考えをレジュメにまとめて授業の中で発表するというのがありました。

その発表者の中に、小学校から高校までシュタイナー教育を受けて育った学生がいました。

シュタイナー教育とは以下のような教育方です。

・教科書を使用しない

・国語、算数、理科、社会と1限ずつ授業をするのではなく、何日間も国語だけ、算数だけと、集中的に学習に取り組む

・テストがなく、決して子供に点数をつけない

このように、現在の日本の義務教育の教育法とは懸け離れた内容に、私は当時衝撃を受けました。

シュタイナー教育を受けた発表者の彼は、大学受験が人生初の本番試験だったようです。講義時の発表もシュタイナー教育の経験に基づいたものでしたが、教授がその彼の発表に点数を付け、さらに受講する学生も点数を付けて総合点を公開するという、なんとも皮肉な採点方法でした。

音楽はシュタイナー教育にとって最重要課題である〈自由の獲得〉に密接な関係を持っているようでして、音楽が重視されています。そういえば発表者の彼も大学の雅楽部に所属していました。

シュタイナーの音楽理論は哲学者のショーペンハウアー(1788〜1860)に影響を受けており、音楽は超感覚的世界(=精神界)を直接に体験できると考え、シュタイナーは「人間が音楽を聴くとき、浄福感を覚えるのは、その音が人間の霊的故郷の中で体験した事柄と一致しているからだ」といいます。

とにかく音楽ほど人の感覚にダイレクトに働きかけ、かつこれほど自由な表現はないということだと思います。

ヨーロッパでは古くから、人には聞こえない音が地球と星たちによって奏でられていると考えられてきました。中世ヨーロッパの大学では、音楽を学ぶことは重要と考えられ、必須科目だったのです。

ショーペンハウアーは「宇宙の本質を直接表現する役割を音楽に与えた」「音楽の中でこそ、宇宙意志の心臓の鼓動を聴き取ることができる」と考え、シュタイナーはそれを独自の思想に取り込んだようです。



時間の正体は音楽!?

以前にも紹介しましたが、ミヒャエル・エンデの『モモ』という有名な作品があります。この作品は、〈時間とは何か?〉を考える上で重要な手掛かりを多く教えてくれます。

この物語の中で、時間の国にいざなわれた少女モモが、時間を司るマイスター・ホラに自身の時間の正体を見せてもらう場面があります。そこでは〈時間の花〉という美しい花が、時間の正体なのですが、この花を咲かせる源こそ〈音楽〉なのでした。

 じっと耳をかたむけていると、だんだんはっきり、ひとつひとつの声が聞きわけられるようになってきました。でも人間の声ではなく、金や銀や、その他のあらゆる種類の金属がうたっているようなひびきです。するとこんどはすぐそれにつづいて、まったくちがう種類の声、想像もおよばぬとおくから言いあらわしがたい力強さをもってひびいてくる声が、聞こえてきました。いちども聞いたことのないふしぎなことばですが、それでもモモにはわかります。それは太陽と月とあらゆる惑星と恒星が、じぶんたちそれぞれのほんとうの名前をつげていることばでした。そしてそれらの名前こそ、ここの〈時間の花〉のひとつひとつを誕生させ、ふたたび消えさらせるために、星々がなにをやり、どのように力をおよぼし合っているかを知る鍵となっているのです。(ミヒャエル・エンデ著『モモ』/岩波書店P.217〜218より)

この話しには、これまでのヨーロッパにおける音楽に対する思想が背景にあるということです。

今回はつらつらと〈時間の正体は音楽〉ということについて述べましたが、とにかく音楽がこの世にあるおかげで生きる価値があるというほど、私にとっては重要なものです。どんなに酷いことが起ころうとも、かすかな希望を与えてくれる。それが音楽です。

そんな音楽が人間にとって少しでも良い影響を与えてくれる存在であり続けて欲しいと思う時、この〈432Hz〉という基本周波数の問題は気になるところです。





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