自然界の音を言語として捉えるという『日本人の脳』について

日本人の脳の特殊性

今から39年前もの昔に 『日本人の脳』(著:角田忠信 大修館書店)という本が出版されました。この本は「日本人」とは何かを考える上で特に重要な書物だと思われます。

大学の講義で教授よりこの本を紹介されて、当時実際に購入し読んでみました。これによれば、なんでも日本人の脳は世界でも特殊な働きをしているのだそうです。

人間の脳は右脳と左脳に分かれていますが、一般的に右脳は五感からの認識、直感や感情、感性といった芸術面などに発揮される〈知覚・感性〉の分野を司り、一方の左脳は文字や言葉から考えたり、分析したりする〈思考・論理〉の分野を司っているといわれています。

これでいけば、通常の会話で入ってくる〈言語〉は当然〈左脳〉で処理されます。言語では無い〈音〉は〈右脳〉で処理されるわけですが、世界でも日本人の脳だけは、虫や動物の鳴き声といった言語では無い自然界の音を〈言語〉として捉えてしまうようです。

これは日本人の民族的遺伝特性ではなく、日本語で育った人の脳が日本人の脳を作る、つまり、日本語が〈日本人の脳〉を作るのだそうです。よって、英語やポルトガル語で育った日系人は日本人の脳にみられる特性は見出されないとのこと。

日本人の脳は、人が感情を表にして発する「うー」とか「あー」、「えー」といった声(泣・笑・嘆・母音)までも言語として認識してしまうそうです。西洋人の脳は母音は言語として捉えずに、意味を含まない非言語として〈右脳〉で処理してしまうそうです。

著者の角田忠信氏は、耳鼻咽喉科のお医者さんです。耳の治療のため聴覚の研究、そこから言語認識、さらに脳の働きへと研究分野を広げられ、様々な実験を行い、その結果このように、興味深い事実が次々に浮かび上がりました。

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日本語の起源

Wikipediaによれば「日本語は系統関係の不明な孤立言語のひとつであり、系統関係が存在するかはいまだ明らかになっていない」とのことです。

つまり、日本語と同じ系統の言語は世界のどこにも無い特殊な言語ということです。唯一日本人の脳に近いのは〈ポリネシア語〉を話す人々だそうで、日本語とポリネシア語の母音の音韻構造の特徴は日本語と類似しているためと考えられています。

よってポリネシア語は日本語の起源の一つともいわれています。

母音を長く伸ばすと音は遠くまでよく聞こえます。離れた場所にいる人に「おーい!」と呼んだり、船乗りや農作業などの仕事で発達したのではないかと思われます。狩猟を仕事とした場合は母音をはっきり出すような話し方ではすぐに獲物に逃げられてしまいます。

南方のからやってきた海洋民が縄文人の祖先となったことは以前のべました。その後渡来人が入植し、縄文文化と融和し、弥生時代を迎えて以降ずっと日本は農耕社会でしたから、このような過程で母音をはっきり発音する〈日本語〉が生み出されていったのではないでしょうか。

楽器の音について

当然ながら楽器の音に関しては、音楽ですから日本人であろうと西洋人であろうと、脳の右側で処理をしますが、殊に〈日本人の脳〉が日本の伝統楽器の音を聞いた場合は不思議なことに〈言語〉として捉え、脳の左側で捉えるのだそうです。

日本の伝統楽器とは尺八や篠笛、雅楽で使用される笙(しょう)、篳篥(ひちりき)、竜笛(りゅうてき)といった管楽器や三味線、琵琶、琴といった弦楽器で、もとは外国から入ってきて日本で改良されていった日本独自の楽器です。

バイオリンやチェロのような洋楽器の音は日本人が聴いても非言語音として〈右脳〉で処理されます。日本人は本来楽器の音、音楽をも〈言語〉として捉えていたということでしょうか。さすがは言霊の国です。

私は雅楽を演奏してそれを実感できます。雅楽をはじめとする日本の伝統楽器の習得の第一歩として〈唱歌〉(しょうが)という歌を覚えなければなりません。雅楽の特に篳篥なんかは、歌の音程とリズムを完璧に覚えて、その通りに音にしなければなりません。篳篥の譜面はこんな感じです。

カタカナが書かれています。これに鉛筆でどんな音を出すのか、どこで切るのかを書き込んで譜面を完成させます。宮内庁の雅楽を演奏する〈楽部〉では、この歌を完璧に覚えるまで楽器には触れさせてももらえないといいます。宮内庁の方はそもそも譜面を見ないで演奏されます。昔はそれこそ口伝えで、譜面なんて存在していなかったようです。

この「チラロヲルロ」とあるように、口にくわえているリードに、これを歌うようにして吹き込まねばなりません。なぜカタカナでこのように書かれているのかといいますと、昔のひとがそのように聞こえたからだそうです。ですから、日本人の脳に、音楽が言語として捉えられるのは分かる気がします。雅楽は言霊を使って演奏しているということです。



擬音語が多く
形容詞が少ない日本語

雅楽の譜面から分かるように、日本語では音を文字、言語として捉える擬音語として、例えば、ざあざあ、がちゃん、ごろごろ、ばたーん、どんどん、どかーん、(なんだかとんでもないことが起こったようです)などの言葉の表現が非常に多いようです。

逆に物事の有り様を表す言葉である形容詞 美しい、なめらか、まるい、すごい、すてき、好き←(ん、これは違うか)は少ないようです。

自然界の音を
言語として捉える日本人の脳

虫の音を聞いて心が和むのは日本人だけでしょう。西洋人は雑音としか捉えられないようです。日本人は自然のなかに神を見出してきました。自然に耳を傾けて神の言葉を聞くということでしょうか。日本人の言霊に対する信仰の秘密もここにあるのではないでしょうか。

古池や蛙飛びこむ水の音

これは松尾芭蕉の有名な俳句ですが、日本人なら誰しもこの句を詠めば心にその情景が浮かぶとともに、音が心に聞こえるでしょう。




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