人を不幸にする原因は〈社会〉にあるのか?警察官クビになってからブログを読んで考えてみた

前回記事 柳田國男著『明治大正史 世相篇』から〈世の中と自分を救う方法〉を知るの続きです。

私はどうすれば世の中と自分を救うことが出来るのか。ずっとその方法を探求していました。そもそも、人を不幸にする原因は何なのか?

行き着いた答えは、〈人を不幸にする原因は社会にある〉ということでした。柳田國男先生の『明治大正史 世相篇』という本から知りました。

改革は期して待つべきである。一番大きな誤解は人間の痴愚軽慮、それに原因をもつ闘諍と窮苦とが、個々の偶然であって防止のできぬもののごとく、考えられていることではないかと思う。それは前代以来のまだ立証せられざる当て推量であった。われわれの考えてみた幾つかの世相は、人を不幸にする原因の社会にあることを教えた。すなわちわれわれは公民として病みかつ貧しいのであった。(柳田國男著『明治大正史 世相篇』P435436より)

今回は、〈人を不幸にする原因は社会にある〉ということについて考えてみようと思います。

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どうすることもできない不幸

不幸にも様々あります。病気・けが、いじめ、裏切り、争い、貧乏、死といったことに集約されるでしょうか。〈人を不幸にする原因は社会にある〉といいますが、「自分が不幸なのは社会のせいだ」などといってみたところでどうにかなるものではありません。おそらく「まわりの環境のせいにして、努力をしないからだ」「自分の責任だろう」と非難されるでしょう。実際に自業自得の不幸も多いと思います。

しかし、本人ではどうしようもない、避けようのない〈不幸〉はあります。極端ですが、戦争や経済恐慌なんかが最たる例でしょうか。

本人がどんなに真面目で一生懸命で必死に生きようとしても、まわりの環境、すなわち〈社会〉が不幸をもたらすことが世の中には多々あります。

努力すればすべての人が報われるというわけでもありません。〈格差社会〉が叫ばれて久しい今日であります。多くの人は生きるために毎日一生懸命働きますが、皆が平等の報酬が得られるかといえばそうではありません。必死になって沢山働いても、僅かな報酬しか得られない事もあります。

日本では近年、貧困が社会問題となっているといいますが、ピンと来ない人も多くいらっしゃると思いますし、私自身ピンときません。といいますのも、貧困には二種類ありまして、衣食住にも事欠くといった生命の存続すら危ぶまれる〈絶対的貧困〉と、全体を占める大多数と比較して生活が苦しい状態にあるという〈相対的貧困〉があります。

相対的貧困とは経済面だけではなく、いじめや虐待など、社会の中に潜在化している場合も多いといわれ、家庭、学校、職場、福祉の場等のさまざまな場所で発生する精神的・文化的な窮乏状態だといいます。

日本で今いっている貧困問題とは、この相対的貧困のことでしょう。

警察官をクビになった
ハルオサン

警察官クビになってからブログ というブログがあります。最近私はこのブログにハマっています。昨年末頃から始められたブログですが瞬く間に口コミで広まり、今や大人気ブログとなっています。

どのぐらい人気かといいますと、グーグルで“警察官 クビ”で検索するだけで検索TOPに表示されます。“警察官”でググった人が一番アタマに目にするのがこのブログなのです。(“警察官”だけでも三番目に表示されます)

ブログのホームへアクセスしまして、メニューの左端の”はじめての方へ:私のクソ人生”という場所をクリックしますと、クソみたいな自分の人生をまとめてみたという題名の記事にとびます。以下がその冒頭部分です。

「クソみたいな人生」を歩んできました。

あまりにも酷すぎて「私の人生より酷いヤツいるの?」

とかチョット不幸自慢をしたくなってしまいます・・・。

 

しかし「私の人生がクソなのは、全て私自身の責任です。」

決して「周囲や環境のせい」ではありません。

 

このブログを読んで

「自分はまだマシだな」と思って

一人でも多くの方が前向きに生きてくださる事を願っています。

 

このブログを書いているハルオサンは「私の人生がクソなのは、全て私自身の責任です。」決して「周囲や環境のせい」ではありません。と仰いますが、私はハルオサンの責任とばかり決めつけられないのではないかと思いながら、いつも記事を読んでいます。

この記事 クソみたいな自分の人生をまとめてみた の内容を以下に列記してみます。

・生まれた直後にレアな脳の病気にかかり二度死にかける

・幼少期はずっと病室で過ごす

・子供の頃からの夢であった警察官となるも、非情なパワハラにより半年で辞職へ追い込まれ、以後10年ほどうつ病と不眠症に悩まされる

・家具屋に就職するも死体のあった現場の清掃の仕事だった

・その後に入ったのが、働く意味の分からないほどの最強の超ブラック企業

・婚約者が五股しており、おまけに彼女は宗教の教祖だった もちろん婚約破棄

・転職するもさらにひどい阿鼻叫喚の地獄絵図のブラック企業

・「高卒とは結婚は無理!」と二度目の婚約破棄

・町工場に就職するも頸椎が曲がりクビに

・在宅ワークをはじめるも給料が支払われず

・家族も友人もいない環境で傷病手当というお金を頼りに生活し、ヤケクソでブログをはじめる

ブログ全体がこういった感じの内容です。病気、争い、暴力、パワハラ、ブラック企業、宗教と、ハルオサンの人生には世の中のありとあらゆる不幸が凝縮されています。

これを字だけ読むと、ともじゃないけれど目も当てられないのですが、ハルオサンの描く絵がかなりとても面白いせいか、笑って楽しく読めてしまうから不思議です。人の不幸について失礼ですが。

こんなに悲惨な内容なのに決して後味が悪くなく、むしろ清々しい印象を受けるのはなぜでしょう。

ひとつにハルオサンがとてもいい人だからだと思います。彼はいつも一生懸命で凄まじい努力家なのです。ただ、行く先々の周りの環境があまりにも過酷で、困難極まりないのです。

人を不幸にする原因は社会にある

このブログを読んで〈人を不幸にする原因は社会にある〉ということを思い出しました。

ハルオサンは生活していくための仕事が無くて困っていると仰いますが、今は実に幸せそうだと思います。ブログを書くのがすごく楽しそうですし、いまや社会に大きな影響力をもつ注目の人となっています。多くの人が一方的に社会に影響下にあるという受け身の立場から、社会に少なからず影響を及ぼす立場を確立されました。

ハルオサンのように、〈自分の好きなことに思い切って取り組む〉ことが、不幸を幸福に変える方法なのではないかと私は思います。

冒頭でも紹介しましたが、柳田先生は以下のように記されています。

改革は期して待つべきである。一番大きな誤解は人間の痴愚軽慮、それに原因をもつ闘諍と窮苦とが、個々の偶然であって防止のできぬもののごとく、考えられていることではないかと思う。

多くの人は、〈社会は変え難いもの〉だと考えていますが、そこに不幸の原因があるということです。人を不幸にする原因が社会にあるとするならば、この負の連鎖は止まりません。

ハルオサンは死ぬ前に、自分の人生のことについて書き残しておきたいと、ブログを始められたそうですが、無名のブロガーから今や一気に有名ブロガーとなりました。

ハルオサンのように、もっと多くの人が自分の考えを世の中に考えを示すことで、世の中は変えていけるはずだと思います。

上手くまとめられませんでしたが今回はこれで終わります。

警察官クビになってからブログ これほど面白いブログは読んだことがありません。ぜひ読んでみてください。





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