ロックの歴史① ロックンロールの誕生からビートルズの登場まで

前回まで、ロックンロールは呪術だった!?と称し、3回に渡って記事を書いてきましたが、ここでロックミュージックの歴史をその誕生から振り返っていきたいと思います。

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「日本とは何か?」というのがこのブログのテーマなのです。テーマから逸脱するも甚だしいかもしれませんが、ロックは日本を測る物差しとしてなかなか良いツールです。なので、今回か3回に渡ってロックのはじまりからその歴史を検証していきたいと思います。どうぞお許しを。

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ロックンロールのはじまり

ロックが何時始まったのかは様々な議論がありますが、言葉自体が生まれたのは1950年代のアメリカで、白人の若者が黒人のR&B(リズム&ブルース)のレコードを買っている光景を目撃して衝撃を受けたラジオDJ アラン・フリードによって考え出された言葉でした。

以来自身の番組で積極的にR&Bの曲をかけようと決心し、52年に番組のタイトルを『ザ・ムーンドック・ロックンロール・ハウス・パーティー』と変更してガンガンR&Bの曲をかけまくり、若い白人リスナーを獲得。当時はまだ黒人に対する人種差別が根強く、黒人音楽を好意的に受け入れられるよう考え出されたネーミングだったようです。

アラン・フリードがロックン・ロールと命名し売り出していたのは、”コーズ”を代表とする、黒人のヴォーカルグループ達でした。

昨年、日本でミュージカルとして演じられて話題になった、クリント・イーストウッド監督の2014年公開映画『ジャージーボーイズ』のモデルであるフォーシーズンズは60年代に活躍したグループですが、これもロックバンドというよりはコーラスグループに近い印象を受けます。

黒人の音楽から生まれたロック

ロックはR&B、ジャズ、ゴスペルを元にして生まれました。

アフリカから連れてこられた黒人達は歌ったり踊ったりするのが得意な人たちでしたが、奴隷時代は食事と睡眠の時間を除いて多くの時間を白人農場主より拘束され、仲間達と時折教会でゴスペルという賛美歌を歌う以外に歌を楽しむことができませんでした。

黒人は奴隷解放後も差別や苦しい生活は変わりませんでしたが、自由な時間を手にしたことから自由な音楽を創造することができました。

それまで、教会か労働時に(労働歌を)歌うだけでしたが、ここで神への讃美や、労働のためのかけ声とは違う個人としての本音や、欲望など、心の内側を歌うことができるようになりました。こうして、恋、セックス、金、悪魔、不倫、殺人、などについて歌う歌、ブルースが誕生したといいます。このようなブルースの主なテーマは、その後ポピュラー音楽の歌詞にとって大きな影響を与え続けることになります。

白人シンガーによるロックンロールの先駆けとなったのは、ビル・ヘイリー&ヒズ・コメッツというグループで、54年に発表した「ロック・アラウンド・ザ・クロック」は翌年には全米チャートで8週連続1位を獲る大ヒットとなります。

多くのバンドにカバーされているロックンロールのスタンダードナンバー「ロング・トール・サリー」はリトル・リチャードが1956年に発表。

”ジョニー・B.グッド”はチャック・ベリー1958年に発表したナンバーです。

この二人はロック黎明期に活躍した代表的なアーティストだったと思います。この頃は激しく叫ぶような歌い方でサウンドも随分激しくなってきています。

白人に受け入れられたロック

そんな中、エルビス・プレスリーの登場は大きな衝撃だったようです。黒人のように歌える白人シンガーとしてスカウトされ、1956年にデビューするやいなや、カリスマ的存在となってヒットを連発。長いもみあげ、ファッション、クールな態度、ダンス、セクシーなパフォーマンスと、多大な影響を与え、音楽だけでなく若者サブカルチャーの象徴となったそうです。

若者の言葉に表現できない衝動をその音楽とパフォーマンス、ファッション、ダンス全てをもって表現したプレスリーは当時の若者のカリスマとなります。

もっとも、プレスリーの音楽はストレートにはロックンロールとは呼ばれずに、「ロカビリー」と呼ばれていました。カントリー、ウエスタン・スイング、ヒルビリーといった白人音楽とブルース、R&Bのドラム、リズムパターンを融合させた音楽でした。

ちなみに、ギター、ベース、ドラムといったロックの基本となる楽器の構成をスタイルとして確立したのはバディ・ホリーというアーティストです。それは1957年頃かと思われます。

このように1950年代にロックミュージックが誕生し、社会に受容され広まっていった背景には、当時のアメリカ社会の置かれた状況が関係していました。1940年代後半から50年代前半のアメリカでは犯罪、暴力が増加し絶対的な権威が揺らいでいる時期でした。そんな中、若者たちは既成の価値観に囚われない、独自の価値観を主張し始め、その価値観は人種差別等に苦しむ、当時の社会的マイノリティーの人々への共感にも結びついたようです。

そのような背景からか、当初社会に反抗するような内容を歌にしなかったロックンロールは、黒人の音楽を白人が演じるという、既成の価値観を打ち壊す衝撃的なパフォーマンスと相まってか、50年代後半は社会や大人たちに対する「抗議」の音楽プロテストソングとして世に広まっていきます。

こういった音楽を下地にして1962年にイギリスのリヴァプールよりビートルズが登場し、瞬く間に世界的成功を収めます。

ギネスブックでは史上もっとも成功した音楽グループだそうで、ロックミュージックを全世界へ広めたことはもとより、ポピュラーミュージックのあり方さえ変えてしまったといいます。プレスリーがカリスマだとしたら、ビートルズはなんでしょうか。かつてメンバーのジョン・レノンは「僕たち(ビートルズ)は今やイエス・キリストより有名だ」という名言を放ちましたが、やはり神とでも形容するしかない、確かに世界に絶大なる影響を与えた巨大な存在ではあります。

上の動画は当時の熱狂ぶりを如実に示す映像です。日本公演時もこのような熱狂で迎えられ、社会に衝撃を与えたそうです。ちなみに日本のミュージシャンの夢である日本武道館でのコンサートを初めて演じたのはビートルズでした。

今回はロックンロールの出来上がる過程を見てきましたが、ここまで来てすっかりロックになってきた感じがします。

ビートルズの登場以降、ロックンロールという思想・文化は世界へと波及し、従来の大人に従順な若者像は崩れ去ります。当時の大人からすればロックといえば「長髪の若者が騒音をまき散らす不良音楽」という認識だったと思います。自我を発揮し、自己の価値観に基づいた行動をとる若者たちは、社会の中の一大勢力となり、その動きは当時世界の潮流を作り出す一端を担いました。

つづく





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