ロックの歴史③ 分化発展を遂げたロックの行く末

今回までロックの歴史をざっと振り返ってみたいと思います。パンク以後の80年代のロックは、それまでにも増して様々なジャンルを取り入れ発展します。大衆娯楽として大きな経済規模を築き、一定の成熟期を迎え、それに対するカウンターとして90年代にオルタナティブロックが登場します。

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80’sからのロック

イギリスでは70年代後半にパンクロックが爆発し、急速にそのムーブメントは終息しますが、勢いはそのままにパンクに代わるニューウェイブが台頭します。実際にはニューウェイブと一括りにはできない多種多様な音楽性を持つグループ達が登場してきたのでした。

スペシャルズは60年代前半にジャマイカで流行したスカのリヴァイヴァルとした音楽で人気を博しました。

他にもジャマイカのレゲエ、ダブといった音楽要素を取り入れたグループは数多く、その理由は60年代にジャマイカからの移民を労働者としてイギリスが受け入れていたからだそうです。

またイギリスでは昔からアメリカのモータウン系のソウルミュージックやR&Bの人気が根強く、80年代末にはイギリスポップミュージック界にソウルミュージックブームが来ます。スタイル・カウンシルがその代表する一つです。

さらに、パンク〜ニューウェイブ以後のイギリスでは首都ロンドン以外の地方都市から次々に重要なバンドが生まれます。リバプール出身のエコー&ザ・バニーメンやマンチェスター出身のザ・スミス、ジョイ・ディヴィジョンを前身とするニュー・オーダーなどがそうです。

また、アイルランドからはU2が、オーストラリアからはAC/DCが登場します。

 80年代のアメリカにとって音楽のサウンドがどうのこうのというよりも、MTVというメディアの登場が革新的だったようです。ケーブルチャンネルで24時間ミュージックヴィデオクリップを流し続けることで、わざわざ広い国土のアメリカの地方を各地ツアーして回らなくともプロモーションができるという、アーティストにとっても音楽業界にとっても画期的な方法だったようでして、様々なビックアーティストを生み出しました。

ヒューイルイス&ザ・ニュースやブルース・スプリングスティーンといったいかにもアメリカ!といった曲をヒットさせアメリカンロックの復権の象徴となりました。

マイケル・ジャクソンもこのMTVのお陰でスリラーを大ヒットさせることができました。プリンスもそうです。R&BやヒップホップがかからなかったMTVですが、白人のリスナーに広く受け入れられた彼らは、黒人でありながらロックアーティストとして例外的に認められたのだそうです。

この二人の派手なダンスやパフォーマンスは視覚的に訴えるものがあり、ヴィデオクリップ向きです。もはやロックとは音楽のジャンルというよりも〈大衆娯楽音楽の王道〉となったのではないかと思います。

他にも、ガンズ・アンド・ローゼスや、ボン・ジョビが80年代に登場し大成功を収めています。

こういったロックにおいてまず大事なのはヴィデオクリップで、一つのアルバムから多くの曲をシングルカットしてヴィデオクリップをヒヴィーローテーションさせ、大規模ツアーを行う。このようにしてロングセラーアルバムを生み出し、収益を最大限に上げるのがプロセスとなりました。当然アーティストの音楽創作の時間が奪われる結果となります。

オルタナティブロックの発生

このような背景が90年代にオルタナティブロックと呼ばれる新たなロックを生み出します。もはや娯楽であり、商業音楽となり果てたメインストリームのロックに対し、アンダーグラウンドのインディーシーンから音楽性を主体とした個性的なバンドが数多く世に出ます。これは、遅れに遅れてようやくアメリカに波及したパンクの新しい呼び名との見方もあります。

ファンクやラップが特徴のレッド・ホット・チリペッパーズ。ノイジーなサウンドのソニック・ユース、その中でもグランジ・ロックとも呼ばれたニルヴァーナ、パールジャム、サウンドガーデンといったシアトルのバンドが代表的です。

このようにオルタナティブ・ロックとは、音楽として一括りにはできない様々なスタイルの表現であり、メインストリームとは違う「もうひとつのロック」という意味合いのものでした。しかし、オルタナティブロックと呼ばれるバンドが売れて次々とメジャーレーベルと契約し、やがてメインストリームを形成するという皮肉な結果をもたらします。91年にニルヴァーナが発表した「ネヴァーマインド」は全世界で1000万枚以上のセールスを記録します。

本人達にとっては予想外の出来事だったのかもしれませんが、大きすぎる成功はその後彼らに大きなプレッシャーとなり、さらにメジャーレーベルとの軋轢を生み、直接的要因は何だったのかは分かりませんが94年4月にニルヴァーナのフロントであるカート・コバーンがショットガン自殺をするというあまりにも衝撃的すぎる事件が起こります。

その後もオルタナ勢のCDセールスは凄まじいものがありました。スマシング・パンプキンズが95年に発表した「Mellon Collie and the Infinite Sadness」というアルバムは2枚組であるにも関わらずアメリカ国内だけで1000万枚のセールスをあげタイム誌の年間ベストアルバムに選ばれます。

 

新しい音楽の可能性

パンクもオルタナティブも自由、反抗、挑戦というようなスピリッツを音楽シーンに吹き込み、急激に活性化させました。その影響は現在も続いています。音楽的には全く異なるポストロックやスローコアといったアンダーグラウンドのアーティストの中には、自分たちの精神はパンクと語る人達もいます。

現在活躍する90年代以降に登場したロックアーティストの多くはオルタナティブにカテゴライズされています。そう考えますと、現在のロックは90年代に始まったオルタナティブロックの延長線上にあるということになります。

しかし、パンクもオルタナティブも当事者のアーティスト達自らが提唱していた訳ではなく、プレスや評論家、音楽業界の人たちが名付け広めた言葉だそうです。アーティストをジャンル、カテゴリーで一括りにして分別するのは便利ですが、きっちり当てはまるものでもありませんし、多種多様に発展を遂げた現在の音楽シーンではもはや意味のないものになってきているように思います。

今後パンクやオルタナティブのような一時代を築くものが現れるかどうか分かりません。〈ロック〉という音楽の中で見ても過去の数多くのマスターピースで埋め尽くされ、進化発展しようのないところまで来てしまい、今後行えることといえば過去のリバイバル、再構築といったことで新しい表現を求めることしかできないともいわれています。

私はそれはそれで良いと思います。




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