言霊信仰② 言葉が世界を変える かつて地を這い旅した言葉は現在 ネット世界で混沌を生み出す

今月はロックのことばかり書いてきましたので少し箸休め。以前このブログで〈言霊信仰〉について書いたところ、反響が大きく今でもよく読まれています。ですので、今回は言霊信仰に関する記事を書きます。以下は以前の記事です。

言霊信仰 言葉の力が与える影響力について

日本は言霊の国 
言葉が人と社会をつくる

まずはおさらいです。日本では古来より、言葉には霊的な力が宿るという言霊信仰がありました。言霊はその働きによって国を助け、人々を幸せに出来ると考えられていたようです。

言葉の力は絶大です。言葉一つで人を生かすことも、殺すこともできます。

死ぬほど辛い思いをしている人は、優しい言葉を掛けたりして励まされれば救われます。逆に悪意に満ちた言葉を受け取って、死んでしまう人もいます。

極端な例でしたが、歯の浮くような見え見えであからさまなお世辞でも、褒められれば人間は誰でも、いい気分になれます。逆に上司なんかに叱られたり、嫌味を言われたりすれば1日中気分が落ち込むでしょう。

人間は頭のなかで言葉を使ってものを考えます。人間は言葉によって他の人々に意志を伝え、それによって人間関係を築き、社会を形成していきます。言葉が人間を作り、世界を作っていると言えます。

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言霊信仰

奈良時代に詠まれた歌を集めた『万葉集』は、雄略天皇の歌で始まります。

籠(こ)もよ み籠持ち 掘串(ふくし)もよ み掘串持ち この岳(をか)に菜(な)摘(つ)ます兒(こ) 家聞かな 告(の)らさね そらみつ大和の国は おしなべてわれこそ居(を)れ しきなべてわれこそ座(ま)せ われにこそは告らめ 家をも名をも

意訳すると「いいカゴを持って、良い串を持って、この丘で菜(な)を摘むそこの女の子。君の家はどこかな、教えてくれよ。私は大和の国を治めている。だから私には教えてくれるだろう、君の家も君の名前も。」といった感じです。

つまり、「君の名前を教えてよ」と、ナンパをしている歌なのです。しかし、古代にあって名前を知られるということは恐るべきことでした。日本語ではその名前、呼び名によって本質を表現してきたことから、名前を知られるとその相手に操られてしまうと考えられてきました。

千と千尋の神隠しという映画でもそうでした。主人公の千尋は湯婆婆に名前を取られて逆らえなくなります。逆に千尋から教えられたことで名前を取り戻したハクは元の姿に戻ることができました。

本来は本名で呼ぶのは失礼だった!?

時代劇などでは織田信長が「これ秀吉!」と呼び捨てで呼んだりしますが、当時にしてみれば、いくら主人でもこんな失礼なことはしません。「これサル!」とは呼んだのかもしれませんが、少なくとも本名(諱 いみな)で呼んだりはしなかったでしょう。実際には「藤吉郎!」とか「筑前守!」と役職で呼んだことでしょう。そう、昔はあだ名や役職名で呼ぶことが普通だったのです。

今でも本名で呼ぶより、ニックネームで呼ばれる方が親しみを持たれている感じがします。また目上の人には、社長、専務、部長、課長などと、役職名で呼ぶ方が呼びやすいと思います。

坂本龍馬にしても龍馬というは通称で、本名は直柔(なおなり)です。西郷隆盛は吉之助という通称で、本当は隆永という名前でしたが、戸籍が作られた際に、部下が誤って隆盛と届け出をして登録されてしまったそうです。「ははは、おいどんは隆盛になったでごわすか」といったか知りませんが以後西郷どんの本名は隆盛になりました。部下にしても「吉之助どんの名前はなんやったでごわすかな?」「たしか隆盛でごわすよ」といった感じで、本名は決して公に表すものではなかったのでしょう。

明治になってもしばらくは通称で呼ばれていました。例えば司馬遼太郎さんの『坂の上の雲』という小説に実在する人物として登場する秋山好古・秋山真之という兄弟は、兄は信三郎、弟は淳五郎と呼ばれています。

いつしか日本人は、お互いを本名で呼び合うようになってしまいました。本来なら避けたいところです。神社界の一部では、例えば正治さんは「まさはる」ではなく「せいじ」と名乗るなど、本名を音読みしたりして名乗ったりします。これも名前が姓名のみとなった時代に合わせた方法だったように思います。



地を這い旅した言葉の変遷

以前に方言周圏論について記事を書きました。

「蝸牛考」から64年後 日本全国アホ・バカ分布図の完成によって実証された方言周圏論の有効性

京都で流行したある言葉が、長い時間をかけて地を這うようにして、日本全土に広がっていく現象を紹介しました。京都はいわば文化発生装置ですが、これは首都だからというより、天皇が居られる場所だからこそそこから言葉が広がると考えた方が良さそうです。

天皇こそ日本の文化の中心です。天皇は本来〈スメラミコト〉といいます。〈統めら命〉です。つまり統治する命令を神より授かった存在という意味です。神様の言葉のままに、神の〈命持ち=ミコトモチ〉としてこの日本の国を豊かで良い国となるようマツリ(祭/政)をご奉仕されてきました。政治も文化もすべてはマツリからはじまりました。

徳川幕府ができ政治の中心が江戸に移ると、そこに華やかな文化が生まれ、ここからも言葉が広まるようになります。明治維新後に皇居が東京に移ると決定的となりまして、今でも東京の言葉は標準語とされています。大手新聞社や出版社が東京に集中していますし、テレビやラジオ番組も東京から全国へ電波に乗って発信されてきました。しかし、ネットの登場後は情報の発信源が限りなく増えました。

このブログもそうですが、私のような地方に住む素人までも、世界に向けて言葉やメッセージを発信することが可能となりました。もはや文化発生装置の場所の中心を求めるのが困難になってきました。無数に飛び交い、取り交わされる言葉は、混沌の世界を作り出し、その中では物事から新しい価値や意味を見出し、時に予想外の影響を世界にもたらします。

日本神話では世界は混沌から生まれます。そして罪や穢れを祓うことで神々が生まれ、世の中に革新をもたらしてきました。再び時代は神話の世界へと戻ってきたようにも思います。




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