芸能とは何か? 人間社会と外部との境界から 尋常ならざる力を迎え入れる芸能人

先月はロック関係の記事ばかりになってしまいました。続けて読まれた方はお疲れさまでした。本当にありがとうございます。今月はその責任を取る記事を書きたいと思います。

ロックは〈芸能〉を知る上で良い物差しになります。これから数回に渡って日本における芸能史、また芸能と政治の関係性について述べます。

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皆さんは〈芸能〉と聞いて
 何を思い浮かべますか?

多くの人は音楽や映画、バラエティー番組などのエンターテイメントを思い浮かべるのではないかと思います。これらはテレビ、パソコンやスマホのネットといったメディアを通じて日々我々にもたらされます。

これらの〈芸能〉は、社会にとってかなりの影響力を持っています。

小さな子供が何でもテレビを観てその真似をするように、大人も同じく、食べ物からファッション、そして考え方、生き方に至るまで、映画やドラマ等に影響を受けています。

今回は、「そもそも芸能とは何か?それの持つ力」についての記事です。

芸能の定義

まずは、芸能という言葉にはどのような意味があるのか辞書を引いてみようと思います。

①[史記(亀策伝)]体得し体現できる芸。また、みにつけた芸の能力。徒然草「—所作のみにあらず」
②映画・演劇・音楽・歌謡・舞踊などの大衆的な演芸。
③芸術と技能。詩歌・音楽・絵画・工芸・書道・生花・茶道などの凡称。
④⇨芸事(げいごと)に同じ。
     

『広辞苑(第五版 岩波書店)』より

時代をさかのぼりまして、室町時代の国語辞書である元和版『下学集』には、芸能に当たる言葉である「能藝門」として①風流・②早歌・③曲舞・④反閇・⑤申楽・⑥田楽・⑦松囃・⑧傀儡・⑨蹴鞠•⑩笠懸・⑪犬追物といったものが入っています。
分別すると、歌舞謡曲(①~③)、呪術的所作を伴う芸能(④~⑧)、遊戯(⑨)、武家の技芸(⑩⑪)となります。

これらに共通するのは、神社やその祭りで奉納される芸能であることです。神社の祭礼では武芸、文芸、工芸、神楽、雅楽、舞踊、能などの〈芸能〉が奉納されます。本来、芸能とはこういった広い分野の芸事の総称する言葉でした。

さらにその「能藝門(げいのうもん)」の中には「藝能(げいのう)」という語があります。

その「藝能」中には①大嘗・②忌部・③綸旨・④除目・⑤月俸・⑥碩学・⑦堪忍・⑧大手搦手・⑨野心・⑩籠居・⑪婚姻といったものまでが含まれており、その分類は雑然としていると、折口信夫先生は『日本藝能史六講』という著書にて述べておられます。

これを分別してみますと、神事(①)、祭祀奉仕者(②)、文書(③)、行事(④)、経済力(⑤⑦)、大学者(⑥)、戦略(⑧~⑪)となります。ここでは主に国家運営に関わる重要な事柄が挙げられていることが理解出来ます。

このように、分別すれば大概のことは分かります。分かる、理解するとは、分けてみることだと大学時代、仏教の講義で先生に習いました。至言だと思います。

それはされおき、芸能の定義は、かつては広義の意味においてそれは多岐に渡り、あらゆる公的な仕事全般を示す言葉であったといえます。

武士は芸能人だった!?

さらに、鎌倉時代に書かれた『普通唱導集』という唱導の参考書のなかには、芸能を業とする人として歌人・遊女・鍛冶屋・武士が挙げられています。

ここでは「職能によって身を立てて生活をする者」という範疇で分類され、その点においては、武士も武芸を家業とする芸能人とされているのです。
歴史学では、武士の成立過程を説明するものに「職能的武士論」という説があります。

その論者である野口実氏は『武家の棟梁の条件』(中公新書)において、武士の呪術的側面に注目し、職能としての武士を分析して、武士と武家政権の本質を説いておられます。

それによれば、「弓箭の芸を以て、今に叛逆の輩を誡め、凶徒を退け」(『古活字本平治物語』上)が武門の棟梁の使命であることは勿論ですが、「帝王を守まいらせ、国土の固」(『渋柿』)にあるように国家守護の担い手として天皇を守る使命が本分でありました。

そしてそれは軍事的な領域ばかりか、鬼・鵺退治の伝承にみられるような「物の怪」から天皇・宮中・畿内・王土を守る呪術的武である「辟邪(へきじゃ)の武」の力によって、呪術的な領域でも行われていたといいます。

例えば、酒呑童子説話で知られる源頼政は〈辟邪の武〉の第一人者者として内裏(天皇のお住まい)のケガレを調査を行うなど、内裏守護を務めました。また、宮中の警護に当たった武士である〈滝口武士〉は天皇の常の居所である清涼殿の東北、つまり鬼門に配置し、類い稀なる武力によって裏打ちされる呪的能力によって物の怪・邪気・穢(ケガレ)から天皇を守る役割を担っていました。

源三位頼政(歌川国芳画『列猛伝』より)

滝口が宿直奏の時に行った鳴弦(弓の弦を打ち鳴らして邪気を払うこと)も優れた武人が行ってこそ大きな効果をもたらすと考えられていたのです。

弓馬の芸に傑出した武人を多く輩出した渡辺党や辺境で夷狄征伐に活躍した利仁流藤原氏、桓武平氏。平将門の乱を平定した平公雅、征東大将軍に任じられた藤原忠文の子孫らの多くが滝口武士を構成していました。

当時辺境はケガレの充満した王化の及ばない土地であり、その地に住まう人である夷狄はケガレそのものであると考えられており、よって辺境の地で夷狄征伐に功績を挙げた者の血統を引く者に「辟邪の武」の力を求めたのだといいます。

このように、武家にとって征夷=辟邪こそが最大の使命でした。源頼朝は、平氏や藤原氏が担って来た「鎮守府将軍」を上回る「征夷大将軍」に任じられ天皇大権を代行して軍事力を行使出来立場を得ることで、征夷=辟邪の武における国家的な呪術性を得たことになりました。

以上、このように野口氏は、武士が政治権力における呪術的な領域(辟邪の武による)の役割を担うことで、その役割を果たしてきたことを説いておられます。

人間社会と外部との境界から
尋常ならざる力を迎え入れる芸能人

武士は王土と辺境の狭間に位置し、従わない夷狄を武力行使で退けます。

つまり見方を変えれば、武士は現実の世界と異界の間に身を置き、異界の物の怪を退治するといった両義的な存在です。当時の人は、物の怪やケガレといった脅威に対抗出来る力そのものにも、それらの荒ぶる暴力的な性質と同一のものを見いだし、辟邪の武の呪術的な力に畏怖を抱いたでしょう。この原理は、様々な職能を生業とする芸能人にほぼ共通しています。

神楽などの神事芸能においてそれは、外部から招いた強力なカミの魂を鎮魂によって活性化し、その力を人間社会に取り込むことが目的とされていました。

芸能人とは本来、外部から力を得てその能力を発揮する者であるといえます。
現代の映画や舞台で活躍する俳優も、役の人物になりきり、まるで憑依されているかのごとく、本来の自分とは異なる人物を演じます。それによって芝居を観る人に感動や喜びといった力を与えています。

昔の日本人は、文化芸術を生み出す人間の不思議な心の働きの中に神様を見出していました。



境界の狭間で発動する力

その神様は「シャグジ」という精霊であり、縄文時代にまでさかのぼる古層の神であるということが『精霊の王』著:中沢新一(講談社)という本の中で詳しく説明がなされています。

シャグジとは「サ音+ク音」=サク(裂く)すなわち境界を表す言葉であり、つまり境界の神様です。境界では何が起こるのかといいますと、夜と朝、裏と表、内と外といったようにその境界を超えることで劇的な変化、別世界への移行が可能となります。無から有、静から動、といった現象化をもたらす不思議な力を境界の部分に求めたのです。

 過去記事 スサノオ神話から三種の神器の「剣」の意味するところを知るより

武士は自らもその芸能人でありながら、大量の武器を必要としたため、同じ芸能人である鍛冶屋や武器、武具、馬具職人といった技術者集団との関係を深めることとなりました。

三種の神器の一つである草薙の剣が意味することは、剣をはじめとする強力な金属製の武器によって人は生殺与奪の権、すなわち自然界の尋常ならざる力=神の力を手に入れることができたのです。

さらに武士は、室町時代に入ると幸若舞、田楽、猿楽、といった芸能の徒等との関係も深めていくことになります。




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