世の中を救う方法とは? ロシア宇宙主義 日本民俗学 陽明学を参考に考えてみる

この世の中を変えたいという思い

私は如何にして世の中を救うかを考えて20代を生きてきました。今は30代半ばですが、今でも基本方針は変わりません。  

何故そうなったのかは置いておくとして、とにかく「世の中からできるだけ苦しみを無くしていけないものか」と考えて生きてきました。

世の中は何故良くならないのだろう×今の世の中のどこに問題があるのだろう①

世の中は何故良くならないのだろう×今の世の中のどこに問題があるのだろう②

という過去の記事もありましたとおり、世の中のどこに問題があるか、そんなこと気にしてどうするんだという考えもあるでしょう。ですが私にしてみれば何のための生きるのか、いきがいをそこに見出してきました。

そこで初めに取り組んだのは、日本とは何か?という問題でした。社会の根本問題を解決するには社会の拠って立つ精神文化の根源を突きとめる必要を感じたからです。

そこで日本の最も古い文化を残し継承する〈神社・神道〉に狙いを定め、神道について学んだり、神主になったりして考えを続けてきました。 私は大学で日本民俗学と出会い、学問とはどうあるべきかを改めて気付かされました。

この学問は正に〈経世済民(けいせいさいみん)〉の学問でした。即ち、「世を治め、民を救う」ということ。この言葉から〈世〉と〈民〉二つを抜いてしまうと〈経済〉という言葉になります。

柳田國男先生の著書『明治大正史 世相篇』という本から結局のところ、〈人を不幸にする原因は社会にある〉ということを知りました。

改革は期して待つべきである。一番大きな誤解は人間の痴愚軽慮、それに原因をもつ闘諍と窮苦とが、個々の偶然であって防止のできぬもののごとく、考えられていることではないかと思う。それは前代以来のまだ立証せられざる当て推量であった。われわれの考えてみた幾つかの世相は、人を不幸にする原因の社会にあることを教えた。すなわちわれわれは公民として病みかつ貧しいのであった。(『明治大正史 世相篇』(講談社学術文庫)P.435〜436より)

 今回はならばどうすればよいのか?という話です。

ロシア宇宙主義から考える

立花隆という有名な人がいます。この方は昭和15年(1940)のお生まれで、ジャーナリスト、評論家として活動され、現在もご健在で2年前頃まで講演会などをされていたようです。

立花さんは、東京大学で教鞭をとっておられた時期もおありで、その講義録が『脳を鍛える−東大講義「人間の現在」−』(新潮社)として出版されています。総合科目ということで実に様々な分野に渡って、深淵な知の世界への扉を開く内容となっています。全57回の講義中はじめの12回分が書籍化されています。

インターネットの記事その講義録の中の、ある箇所を読んで「やっぱりそうか」と思ったので挙げてみます。どなたかの講義録がネットにありました。これがソースなのかはわかりませんが、ネットで多く引用されています。

立花隆「人間の現在」(第二十五回)からの抜き書き。

◎人類の共同事業─反エントロピー <[引用者註:フョードロフの]共同事業とは何なのかというと、全人類が力を合わせて、より高次の存在に能動進化(意識的にコントロールされた進化)をとげていくことなんです。

そして、地球レベルはもちろん宇宙レベルで自然を統御していくことなんです。(略)そういうことを可能にするためには、人類の知を統合しなければならないといいます。

すべてを知の対象として、すべての人が研究者になり、すべての人が認識者にならなければならないといいます。

(中略)

「世界は、眺めるために与えられたものではない。世界を観照することが人間の目的ではない。人間は常に、世界に対して作用を及ぼすこと、自分の望むがままに世界を変えることが可能であると考えてきた」(著作集)>

           (ソースwww.eonet.ne.jpより)

ここに出てくるフョードロフとは、ニコライ・フョードロフという思想家で、ロシア宇宙主義の草分け的存在だったそうです。

ニコライフョードロフ(英語版)1828-1903年) 科学的技法による急進的な延命、人間の不死、死者の復活などを提唱した。主著『共同事業の哲学』(Философия общего дела、第1巻1906、第2巻1913)。

ロシア宇宙主義は自然哲学とキリスト教(ロシア正教)の考え方を基盤としており、宇宙と人間の起源・進化・未来の歴史と哲学を扱う。ロシア宇宙主義の多くの考え方は後にトランスヒューマニズムへと発展した。

Wikipediaより

簡単に言えば、全人類の個人個人が各分野の研究者ばりに勉強して、世の中のことを正しく知れば、世界を望むままに変えていくことができるだろうということです。おそらく。

理屈はわかります。

 日本の陽明学から考える 

陽明学という学問が中国で生まれたのは15世紀で、豊臣政権時代頃日本にもたらされ、以来独自に発展をとげてきた学問です。

戦後に日本政財界のリーダーたちにとってのフィクサーだった安岡正篤(明治31〜昭和58 1898〜1983)は陽明学者でした。(晩年、氏は占い師として有名な細木数子さんと結婚されてました)

陽明学に関してここでは詳しく述べませんが、安岡正篤先生が昭和24年に〈師友会〉という会を発足させ、「一燈照隅、万燈照国(いっとうしょうぐう ばんとうしょうこく)」というモットーを掲げました。

  伝教大師(*註 最澄のこと)は、大光明を放つといわず、一隅を照らすといった。なぜなら、世のため人のためと口にするのは誰でもできる。実行は、なかなかできるものではない。自分のためにも、親兄弟のためにも、ろくなことができない人間が、どうして世のため、人のためなどと大口が利けるだろうか。それより、いま自分がいるところを照らす。これは大事なことで、誰もができる。この一燈が万燈となって国を照らすことができる。そういう同志が10万、100万となれば日本も変わる。時間がかかるが、この心掛けをもって不断に努力しなければならないと、と安岡は説明した。(『真説「陽明学」入門』/林田明大/三五館 P.374〜375より)

このように、出来るかどうかは別として、世の中を救う方法は、20世紀半ば頃には出揃っていました。

途方のない話と捉えるか、希望の光が差したと捉えるかは人それぞれでしょう。まあ、いまの時代にこんなことを言っても多くの人には「何言ってんだ?」と相手にされないように思えます。

なんというか無関心で冷め切って諦めきった境地といいますか。

でも時代が巡って一周してくる頃までに計画を練っておけばいいと思いませんか?

単純に教育改革をしようと言っているわけではありません。   江戸時代に官学ではなかった陽明学や、国学は民間で起こり、研究されて民衆に広まった学問でした。

民衆の意思と情熱で学問すべきだと、農務官僚を退いた柳田國男が立ち上げた日本民俗学の場合もスタンスは同じです。

こういった学問といいますか、運動を民間で広めていけば、いつかは。 というのが今の所の私の考えです。

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