オアシスの”Live forever”を聴き 日本人の生死観を思い出す

大量死の時代を迎えた現在

いま世界では、戦争や大規模な自然災害、貧困や病気で多くの人が亡くなっています。その数は年間およそ5760万人(2015年)で、死因の圧倒的な数を占めるのは病気です。

2015年は、100万人が生まれ、130万人が死亡した

「日本人は、2015年に100万8千人が生まれ、130万2千人が死亡しました。差し引きで29万4千人の人口減となりました。」

これは、厚生労働省から2016年1月に発表された「人口動態統計の年間推計」による数字です。

出生数が減り、死亡者数が増えている傾向がよくわかる シニアガイドより

つまり、生まれてくる人よりも、亡くなる人の数が30万人も多いです。

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死後の問題

日本では少子高齢化に入って久しく、現在も進行中です。すでに子供が親の面倒を見るのも大変になっています。一人っ子だったり、子供がいない夫婦は親類に看取ってもらったとしてもお墓やお位牌を祀ってもらうのも厳しいのが現状です。

近年、〈無宗教葬や自由葬〉と呼ばれる宗教的要素を排除した葬儀が登場してきました。お坊さんや神主さん、神父さんといった宗教者を招かずに、家族や友人知人のみで御弔いをしようというもののようです。

日本人のほとんどは無宗教といいますからこのようなことに抵抗の無い人もいるのでしょう。お葬式の費用もぐっと抑えられることから需要があるのだと思います。何せ人が一人亡くなると、葬儀費用や入るお墓の費用などでだいたい500万円かかるといわれています。

最近では葬儀を行わず、遺骨も引き取らないという〈ゼロ葬〉というものもあるそうです。葬儀をしないのに〈葬〉というのも変ですが、「無に帰る」というスタンスだそうです。経済的な理由でそうせざるを得ないケースがあるようです。

死とどう向き合っていくのかは個人の選択ですから、どうこう言うつもりはありませんが、ゼロ葬に関してはは宗教者としては受け入れがたいものがあります。

なぜなら死んだら無になるなどと考えには納得できないからです。どんな宗教でも〈死〉は重要な問題であり、死とどう向き合うかが信仰する理由ともなりますし、それによって生き方も変わってくるでしょう。死んで無になって誰からも思い出されなくなり、忘れさられることは悲しいく空しいことだと思いますし、人の心を貧しくし、心の豊かさを失うと思います。

仏教の僧侶はお葬式を行うのが仕事で、現代の仏教は〈葬式仏教〉だと揶揄されているといいますが、人の死後を任されるのは大変重要なことです。

私は神主ですからお坊さん程は葬儀を奉仕しませんが、神葬祭を奉仕する際はその重さをひしひしと感じながら、緊張をもってお仕えしています。

神道の神葬祭について

日本のほとんどの葬儀は仏教の僧侶によって行われていますが、近年では神道に改宗して神葬祭を行い、神式で御先祖をお祀りする人も増えています。

神葬祭は仏教のお葬式に比べれば費用は少なく済みますし、シンプルといいますか簡素といいましょうか、見た目も内容も分かり易いからだともいわれています。一概には言えないにせよ、私の経験上、神道式で葬儀、先祖祀りを行うことでなるべくお金をかけないようにすることはできると思います。神道では無ければば無いなりにお祀りができます。

神葬祭で神社にお納めする奉仕料は、仏教でいうお布施と比べても随分お安いと思います。お墓に関しては神社で管理するところは少ないため、お寺の運営する霊園や納骨堂に遺骨をお納めすることが多いのですが、仏教でいうお仏壇にあたる神道の〈御霊舎〉や、お位牌にあたる〈霊璽〉のお値段は仏教のそれと比べるととても安価です。

神葬祭の歴史

そんな神葬祭ですが、現在の形が整ったのはそれほど古くはありません。『古事記』『日本書記』『風土記』などの日本神話には日本民族固有の葬儀に関する記述が僅かながら記されていますが、奈良時代以降、葬儀は仏教の一手に委ねられてきました。江戸時代にあっては寺請制度によって全ての人の死亡届から葬儀に至るまで檀那寺に委ねなければなりませんでした。

しかし、江戸末期頃になると復古思想により、神道独自の葬儀を行いたいという運動が日本各地で沸き起こってきます。やがて神職の間では仏教葬に対する反抗運動へと発展していきました。

代表的な神道家が説いた霊魂観を挙げます。

神道におきて、此人死て後、いかなる物ぞと申安心なく候ては、人の承引し候はぬもことわりに候。神道の此安心は死候へば、善人も悪もおしなべて皆よみの国へ行く事に候

本居宣長『答問録』より

本居宣長は、人間は死後、善人も悪人も皆ことごとくが黄泉の国という汚く悪い所へ行く他ないのだから、これは仕方のないことと説きました。つまり、仏教のように死後は仏のいる極楽浄土へ行って安心が得られるとは考えていなかったと考えていたようです。

これに対し、本居宣長の死後に門人となった平田篤胤の説は全く違ったものでした。

「人は死しては、魂魄消散て知る事なしと云ふ説の妄なることを悟るべし。骨肉は朽ちて土となれども、其霊は永く存りて、かく幽冥より、現人の所為をよく見聞居るをや」

「人これを祭れば、来り歆る事と在の儘に心得」

平田篤胤『新鬼神論』より

人は死後もずっと幽冥の世界から、常に生きている人を見ている。そして死者を祭ればその魂が来訪し、交流することが出来るということです。

生きている者からすれば死者の姿は目にも見えないし、声は耳にも聞こえませんが、死者からは生きている人間の生活は幽冥界からは手に取るように分かり、死者はその世界に永遠に生き続け、残された家族や子孫を見守ってくれているるといいます。

この幽冥界には衣食住も備わり、この世界こそ「本つ世」という本来の世界であり、現世は「寓世」であり、これでいくと死は本来の世界へ戻るだけということになります。

平田篤胤は本居宣長の門人ですが、入門したのは師匠の宣長が亡くなった後のことです。篤胤は夢の中で宣長に入門したといいます。夢に見るぐらい心底敬愛する師匠の説とは全く異なる死生観を説くに至ったきっかけは、最愛の妻と息子を失ったことがきっかけだったといいます。

いつまでも死者と共に生き続けるという思想は、そうであって欲しいという願いもあったでしょうが、決して篤胤の創作した話ではありません。神道や仏教という以前に日本人はご先祖に常に見守られているという感覚をもっていました。

民俗学者の柳田國男は『先祖の話』という本の中で日本人固有の神観念を祖霊に求め、「祖霊=先祖」は山の上から子孫を見守り、時に訪れて助けたりと、あの世とこの世をいったり来たりするような存在で、「神=祖霊=先祖」はそう遠くない身近な存在として考えられてきたことを説きました。

「日の本に生れ出でにし益人は神より出でて神に入るなり」

中西直方『死道百首』より

中西直方は江戸時代、伊勢神宮外宮の神主です。人に生まれたということは祖先である神の世界からやって来たということで、やがてその祖神のもとへ帰ってゆくという考えを示した歌です。

つらつらと例を挙げて説明しましたが、日本人が死とどのように向き合ってきたかお分かりいただけましたでしょうか。

オアシスのLive foreverと
日本人の生死観

オアシスというバンドの曲にリブフォーエバーという曲があります。

今回の記事を書くきっかけとなりました。私は中学生の時にこの曲に出会い、30代の半ばを迎えた今再びこの曲を聴くようになりました。

改めて聴くと凄くいい曲です。当時はそんなに好きな曲ではありませんでした。「永遠に生き続ける」とは中学生には意味不明でしたし、「朝、雨に打たれたような骨身に沁みるような痛み」を心に感じたこともありませんでした。(歌詞の一節 Lately, did you ever feel the pain? In the morning rain as it soaks you to the bone)

この曲はノエル・ギャラガーが母に捧げた歌で、作曲された1991年頃にブームだったニルヴァーナの自己嫌悪や自殺願望的内容に対して、腹が立って逆に「永遠に生きてやる」みたいな曲を書いたようです。

神道では霊魂は不滅なので、「永遠に生き続ける」のは当然といえば当然なのですが、外国の歌でそのメッセージを聴くことで思い出し、「そうだな」と改めて思った次第です。

以下は日本語訳付きのライブ映像です。

気がついたのですが、これは若くしてこの世を去った息子が、悲しみに暮れる母を想って歌っているように思えます。というか絶対にそうです。

以上を踏まえて聴いてみてください。

如何でしょう?


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