知識や技術があること自体は何の自慢にもならない 

知識をひけらかすといいますか。自慢してしまう人がいます。

俺って世の中のほとんどの人がしらないような、こんなことも知ってるんだぜ。凄いだろう」と。

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劣等生だった子供時代

話は変わりますが、私は勉強が苦手でした。小さな頃から人の話を聞くのが苦手で、幼稚園でも小学校でも、先生の説明を聞いている途中から自分であれこれ考えてしまい、気が付くと話がとても進んでしまっていることがほとんど。算数の問題の解き方がさっぱり分からないということが常だったような気がします。

私はいわゆる劣等生でして、なんとか大学に入ったものの、理数系が致命的に弱く、挫折してしまい中退してしまいました。

ドロップアウト後は、とにかくやりたいことを片っ端からやっていくというスタンスで生きてきました。しかし、やりたことの最後に残ったことが勉強でした。

勉強って実は楽しい

勉強というと好きでも嫌いでも、強制的に何かをさせられるようなイメージがあり、嫌いだったのですが、日本史などの自分の興味のある分野に関してはどんな苦労を厭わなかったことに気がつきました。

とことん自分の興味のあることについて学んでみよう

日本文化の神髄を極めるべく神道を学ぶ大学に入りました。文系の大学です。人を文系か理系かで分けるのはあまり意味がないようにも思えますが、私はやっぱり数学や物理はからっきしダメです。

神道を学ぶ大学に入るため、日本史の勉強やら小論文の書き方やらを独習しつつ、漢字ドリルのようなものに鉛筆で書き込んで勉強していました。25歳の時です。

その頃、遠くに住む親友にK君と再会し、博多駅近くの〈ふきや〉というお好み屋さんに行ったことを思い出します。

昼時でしたので混み合っており、店先で待っていました。K君は東京から飛行機でやってきたのですが、手にはスケートボードが握られていました。我々は椅子の代わりにスケートボードに座って待つことにしました。

私は時間を有効活用しようと漢字ドリルを取り出し、鉛筆で書き殴り始めたところ、K君は高等学校の数学のテキストを取り出し問題を解き始めますした。きっと異様な光景だったでしょう、

K君は数学が好きで、おじいさんは東大で数学を教えていたのだとか。それで、いとこは数学のオリンピックに出て優秀な成績を挙げたそうですが、それに比べK君は凡用だったらしく、本人曰く「でも数学が好きなんだ」ということだそうで、数学の面白さを知りたいものだと私はその時思いました。

お好み焼きを食べ終わるとK君は、図書館で借りた哲学の本を空港に置き忘れてしまったといい、そのまま別れました。彼は自転車ロードレース中にフェンスに激突し前歯を失い、差し歯だったため、よく歯も失くしてました。リアルにホームレスになったりしつつも彼は芸術家として創作に打ち込み、数学や哲学をこよなく愛していました。

私は彼の学問や芸術に関する取り組み方を見て、楽になれたように思います。肩肘張らず、名誉や出世、お金のためではなく、純粋に知ることや表現すること自体を楽しみ、それを喜びとする。それでいいではないかと。

苦手なことも
克服しなければいけない勉強

一方、学校の勉強はというと、苦手なことや興味のないことも頑張って学ばなければなりません。文系の大学は授業に出席して真面目に勉強していれば、単位を落とすことはそうそうありませんが、神道の大学でも英語が必修でした。

これに関しては必死で食らいついていくしかありませんでした。例えるなら、ツールドフランスの山岳ステージで、体の重いスプリンターがグルペット(ドベ)集団の中で千切れないように必死に完走を目指すように。こういた選手には本当は禁止ですが観客が背中を押してくれます。審判も見て見ぬふりです。私も周りに随分助けてもらいました。

働きながら夜大学に通って4年で卒業するのは結構大変で、プレッシャーからか、今でも単位が足りなくて卒業できないという夢にうなされます。

大学卒業と、神職資格に必要な単位を取ることで一杯一杯でしたから、神職として必要な素養である雅楽や書道といったことは一切触れないまま神社に奉職してしまい、奉職と同時に猛稽古の日々が始まりました。

雅楽に関しては音楽経験ゼロ。小中学生の頃リコーダーなんかも苦手で吹く真似をしていただけでした。この頃ちゃんとやっておけば幾分マシだったように思えます。神社では、縦笛のリード楽器である雅楽の篳篥(ひちりき)という楽器をやることになり、師匠を紹介され通って習得に努めました。

篳篥(ひちりき)

今では200人、300人とか大勢の人の前で演奏することもよくあります。30歳過ぎて音楽を始めてこんなことになるとは思いもしませんでした。

書道に関しては、6歳の頃から親に習字を習わされていたものの、嫌いで仕方がなかったため、とてもひどい字を書いていました。私の字の汚さに母は、字が上手になって欲しくて小さな頃から習字を習わせにいったのに悲しいと言っていたことが思い出されます。

神社では御朱印や、お札を筆で書きます。下手だとお話しになりません。筆の使い方が全くわかっていない状態から、上司に指導戴き、今では御朱印を受けに来られた書道の先生に「上手ですね」と(お世辞かもしれませんが)言っていただけるぐらいにはなりました。

現在も御朱印がブームでして、戴いた御朱印を歩きながらそっとに開いて「わあスゴ!」「わあキレイ!」とかリアクションしてくれると少し嬉しかったりします。

ここで何が言いたいのかと言いますと、人が教えてくれたことに、役に立たないことなんて一つもないということです。学校の勉強にしてもそうです。

苦手な英語でしたが、最近よく使うことがあります。外国人観光者が神社を訪れたり、多国籍の海外留学生たちが日本文化を学びにやってきたりします。

社会科見学に来た中学生たちに「国語・英語・数学・理科・社会だけが勉強じゃない。どんなことにも興味を持って取り組んでみて下さい。きっと楽しむ方法はありますから」と、自分の失敗談を紹介しながら語ります。

最も反省すべきこと
戒めなければならないこと
 

私が今まで生きてきて反省しなければならないのは、人から指示されたことを素直にやらなかったことです。理由があってこその指示や指導さえも、気が乗らないだとか、必要ないなどと自分で判断して聞く耳も持たなかったのです。

自分が好きなことにのみ徹底して取り組んで、類まれなる能力を養い、才能を開発することは当然必要ですが、そういう方は元来、素直な人なのではないかと思います。基本的に教えられたことに対して忠実だったはずです。

またそういった人たちの中で本当の一流の人は、決して自分の知識や技術に関して自慢したり、驕ったりしません。

「自分が身につけた知識や技術は、すべて他の人から教えて戴いたこと」に他ならないからです。


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