うつの国ニッポン? 「世界で最も過小評価されている」と称されたレッド・ハウス・ペインターズの音楽から考える

日本においてはニッチな音楽の中から

私は今まで、ジャンルを問わ多くの音楽を今まで聴いてきました。

今では音楽を聴くのは殆ど車の運転中にCDでという感じです。

雅楽をはじめ(一応演奏者なので)、ロック、ジャズやR&B、ヒップホップやパンク、カンリーにブルースロック、Jーpop等の音楽を聴くわけですが、私の好きな曲は日本ではマイナーな音楽ばかりで残念ながら誰とも共感できません。寂しいかぎりです。

そんな音楽の中から、今回特に紹介したいと思いましたのがレッド・ハウス・ペインターズ(Red House Painters)というアメリカのバンドの音楽です。このバンドはスロー・コアやサッド・コアと呼ばれるジャンルの先駆者と言われています。

・subpop.com

このジャンルは主にアメリカのインディーロックの中で、スローテンポでなんだか暗い。何かしらの心の問題を抱えながら、それと向き合っていくような感じのロックミュージックである(どんな感じなんだか)と思います。

そうは言っても、レッド・ハウス・ペインターズ(サンフランシスコ)と、ロウ LOW(ミネソタ)やアイダIDA(ニューヨーク)、ダコタ・スウィートDAKOTA SUITE(英国・リーズ)といったスローコアのバンドの音楽を聞き比べてみると、それぞれ個性的で独特のスタイルを確立しています。あまり似ていると思いません。

レッド・ハウス・ペインターズのマーク・コズレック氏も「僕らがそういったトレンドを作ったかどうかは定かじゃない」と語っています。(※Old Ramon というアルバムのレヴューによる)

レッド・ハウス・ペインターズは、2000年代初頭のあるプレスにて、「今の音楽シーンで最も過大評価されているバンドがレディオ・ヘッドだとすると最も過小評価されているバンドがレッド・ハウス・ペインターズだ」と賞賛されました。

レディオ・ヘッドは日本でも知名度と人気の高いバンドですので、このキャッチは当時かなりインパクトがありました。初めて買ったレッド・ハウス・ペインターズのアルバムは「Old Ramon」(2001)という作品でした。その後、旅先の中古レコード屋で彼らのデビューアルバム「RED HOUSE PAINTERS」(1993)を入手しました。当時は気怠く、どこか鬱屈した感じのこの音楽に馴染むことができず、とても眠くなったのを覚えていますが、何故か今ではよく聴く作品です。このアルバムは「Grace Cathedral Park」という曲で始まります。以下がその歌詞の和訳です。

 

Grace Cathedral Park

僕らは丘を歩き

弱まりつつある太陽に気が付いた

僕は確実に知っている

君が決して僕のものにはならない事を

僕らが生きる禁じられた瞬間

それは僕らの悲しき逃避を燃え上がらせ

そして 言葉がさらに情熱をたぎらせる

 

何故君はこうなのか 言ってくれよ

僕は他の誰かと同じなのか

僕をこの病気から救ってくれ そして僕に言って欲しい

君はなぜ僕をこのように扱うんだ?

君は何故こうなのか言ってくれ

僕は他の誰かと同じなのか

この病気から救ってくれ そして 僕に言ってくれ

何故君はこうなのだろう……

 

このように目を背けたくなるほど痛々しい内容となっております。この歌の語り手(コズレック氏)は明らかに精神を病んでいます。

コズレック氏は「このレコードのサウンドは、僕のあのときの心の状態を反映していると思う。僕はもう狂いそうだったんだ」と当時を語っています。

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ロックと病

ロックンロールとは、古くから主にセックスやドラックが題材にされてきた訳ですが、いつしか心の痛みや、病についてのテーマが語られるようになりました。

70年頃に登場し、当時は評価されていなかったというニック・ドレイク。

・drillspin.com

80年頃に活躍した英国のバンド、ジョイディヴィジョンのイアン・カーチスなんかが有名どころでしょうか。

心の闇、狂気、病気といったある種の人間のありのままを歌にするのは当然のことと思います。

コズレック氏はほとんどの時間を自分の部屋やベッドで過ごし、そこで曲を作っていると語っています。つまり「ひきこもり系」のロックと言えます。

ひきこもりで病気。ニルヴァーナなんかもその点では同じではないかと思いまが、音楽的にはペインターズはゆっくりでダーク。

何故なら「僕はリフの激しい曲よりは、アコースティックでリリカルな曲が好きなんだ。でも遅い曲を書こうとか、そういうふうに考えたことは一度もない。僕はスロー・ペースな人間で、自然のペースなんだ。僕にはギターをもっと速く弾くエネルギーなんてないのさ。」とのこと。しかし、世間から真っ当な評価が得られないことにコズレック氏は憤っていたといいます。

レッド・ハウス・ペインターズは活動を休止したため、私はマーク・コズレック氏の音楽活動について全く感知することなく15年ほどの月日が流れ、最近になってやっとサン・キル・ムーン(Sun Kil Moon)というバンド名義で活動していることを知りました。

コズレック氏は個人名義でも活動していますが、バンド名の方が曲が売れるからそうしているとのこと。氏は、トム・クルーズ主演の映画「ヴァニラ・スカイ」のサントラや、ゲーム音楽にも作品を提供されています。氏曰く「生活のため」だそうで、やはり、ツアーはしんどいそうです。

以下の画像のように、色あせすぎたジーンズに、上はアンダーアーマーのジャージを着て歌っている様子から伺うことができます。

とはいえ、サン・キル・ムーンは1〜2年ごとにアルバムをリリースし、ツアーも盛んに行い、レーベルを立ち上げる等、精力的に活動しています。サウンド的にも電子音、フォーンやストリングスを入れたり、ラップ調な曲(?)もあったり、時代に同調していこうとする姿勢が伺えます。どうやら商業的今は成功を収めているようです。(良かった良かった)

病気系の担い手(?)であったニック・ドレイクは26歳で抗鬱剤の過剰摂取で死亡しました。イアン・カーチスは23歳で自殺しこの世を去ったことと比べると、コズレック氏は粘り強く音楽の世界で挑戦を続ける稀有なアーティストだと思います。最近は憑き物が取れ、どこか達観した感じだというコズレック氏。

彼は、心の病を患う人にとって希望をもたらす可能性があるのかもしれません。

うつの国ニッポン?

ところで皆さんは、世界的ににみて日本はうつ病の人口比率は高いとお考えでしょうか?以外にも日本はそれで行くと一番低いとのこと。

参考

これは意外。うつ病人口比率、なんと日本が一番低かった。

 

以下のBBCの記事も参照いただきたいのですが。

いかに日本はうつ病を信じるようになったか

日本では1990年代後半まで、精神医学界以外で「うつ病」という言葉を耳にすることはほとんどなかった。それはなぜか。日本にはうつ病にかかる人がいなかっただけだという説もあった。人はそういう気持ちと折り合いをつけて、なんとか日常生活を送り続けたのだと。そして気持ちが落ち込んだら美術作品や映画を通じて、あるいは桜の花とそのはかない美しさを愛でるなどして、美学的な表現に昇華してきたのだと。

しかし、うつ病がそれまで周知されていなかった原因は、日本の医学界の慣習にあるという説明の方が有力だ。欧米ではうつ病を心身両面の疾患ととらえる見方が一般的なのに対し、日本では主に身体的なものとみられていた。うつ病という診断名自体はめったに使われず、典型的なうつ症状に苦しむ患者たちは医師から「静養が必要なだけ」とだけ言われることが多かった。

こうした諸々の事情から、日本は抗うつ剤の市場として見込みがないと考えられていた。代表的な抗うつ剤「プロザック」のメーカーも、日本にはほぼ見切りをつけていたほどだ。ところが20世紀も終わる頃、日本の製薬会社が展開した驚くべきキャンペーンによって状況は一変する。

うつ病は「心の風邪」だとするキャッチコピーが広まった。だれでもかかる可能性があり、薬で治療できるという意味だ。

当然ながら、日本でうつ病を含む気分障害と診断される患者の数はたった4年間で倍増。抗うつ剤の市場は06年までのわずか8年間で6倍の規模に急成長した。

ほかの国と同じように日本でも、有名人の告白は注目を集める。俳優からアナウンサーまで、あらゆる人々が進んでうつ状態の経験を明かすようになった。この目新しい病気は世間に認められただけでなく、ややおしゃれだという雰囲気さえかすかに漂わせていた。

bbc.comの記事より

また、自殺に関して言えばインドある村の例から考えれば日本はまだ随分マシだと思います。

「毎日自殺が起きる」インドの”悪魔に呪われた”村:この地では、すべての所帯で少なくとも1人は自殺で家族を失っている…そして、そのすべては悪霊のせいだとされる

インドのマディヤプラデシュ州にある 320世帯が暮らす小さな村で数多くの人が自殺で亡くなる事態が続いており、人々は「悪魔の仕業」として恐れている。

村はバディといい、マディヤプラデシュ州カローンにある。カローンでは昨年だけで 381人が自殺しており、バディの村長シソディヤ(Sisodiya)氏は、悪魔の存在によるものだと憤慨する。

シソディヤ村長自身の周囲も、従兄弟が自宅前で首を吊り自殺しており、村長の母親も弟も自殺で亡くなっている。

「私たちの村には 320の家族がありますが、すべての家族が、少なくとも1人は自殺で身内を失っているのです」と、村長は言う。

バディ村の人口は 2,500人だが、最近だけで 350人が自殺で亡くなっている。

地元の警察官は、「今年の最初の3ヶ月で、バディ村では 80人が自らで命を絶っています」と述べる。

村の人たちは、この自殺の連続は「悪魔の仕業」と信じているが、精神科医のスリカンス・レッディ博士(Dr Srikanth Reddy)は、タイムズ・オブ・インディアに「おそらく、農薬の過剰な使用によって引き起こされたうつ病や統合失調症の発症が原因だと思われます」と語った。

IN DEEP のデイリーメールの記事の翻訳より

私自身うつ

音楽のカテゴリーと同じで、心の病の状態は千差万別で「うつ病」と一括りにはできないのではないかと思います。

私自身、深刻なうつを最近まで患っていました。今は回復しました。

うつとはそういうものみたいです。

「死にたい」という言葉を検索エンジンにかけて多くの記事を読みましたが、そういう気持ちは衝動的なもので、とりあえず3日か1週間か10日か。1ヶ月、3ヶ月ととりあえず頑張って耐えてみることで解消されることがわかりました。確かにそう。少し待ってみると大丈夫なのです。

「死にたい」という気持ちには波があります。「死にたい波(しにたいは)」とでも命名いたしましょうか。

死人に口無しとは言いますが、うつ病で自殺した多くの人はきっと後悔していると思います。

かといって、死にたいほど辛い気持ちや状態から人を救ってあげられる力は私にはありません。

せめて祈ることぐらいしかできません。神主ですから。


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