筑紫磐井(ちくしのいわい)が眠る岩戸山古墳で 雅楽演奏することになりました

🔺岩戸山古墳 city.yame.fukuoka.jp

古墳で雅楽

私がお仕えしている神社へある日、「古墳で雅楽を演奏する人を紹介してくれませんか?」と、ある企画会社の方が来社されました。

それを私が引き受ける形と成りました。なにせ、私の住んでる地方の神主さんの集まりのなかで、「雅楽部」なるものがありまして、私はその雅楽部の事務局を担当しているわけです。

そういった団体を通せばことはスムーズに進められるということなのですありますが、「どうせならフルオーケストラでやりたい」と、なんとなく背伸びをしてしまいまして、方々から協力を仰ぎ、なんと実現する運びと成りました。

普段は笙(しょう)、篳篥(ひちりき)、龍笛(りゅうてき)の三つの管楽器で演奏されることの多い雅楽ですが、本来は鞨鼓(かっこ)、太鼓(太鼓)、鉦鼓(しょうこ)といった打楽器に加え、箏(そう 琴のことです)、琵琶(びわ)といった絃楽器を入れた「管絃」が正式な演奏スタイルなのです。

平安時代には今と同じような形式が確立されていた日本の雅楽は、ゆえに、世界最古のオーケストラと呼ばれています。

しかし、その演奏会のメンバーには会ったこともない人もいますし、一緒に演奏をしたことがない人もいます。そんな人たちが「はじめまして、よろしくお願いします」と挨拶をした一時間も経たないうちに、演奏会が始まってしまうという状況なのです。想像できますでしょうか?

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ふと、『オーケストラ!』
という映画を思い出す

この状況に来て、数年前に見た『オーケストラ!』(2009)という映画を思い出しました。

かつてボリショイ交響楽団の天才指揮者だったアンドレ(アレクセイ・グシュコフ)は、今はさえない劇場清掃員として働いていた。ある日、出演できなくなった楽団の代わりのオーケストラを探しているというFAXを目にした彼は、とんでもないことを思いつく。それは、いまや落ちぶれてしまったかつての仲間を集めて楽団を結成し、コンサートに出場するというものだった。movies.yahoo.co.jpより

この映画での演奏会での頼みの綱は、ヴァイオリンのソリストのアンヌ=マリー・ジャケと、指揮者アンドレイ・フィリポフなのですが、雅楽には指揮者はいません。

強いて言えばソリストは雅楽でいうポジション的に言えば「篳篥の主管である私」となるわけで、なんとも責任重大な立場です。楽団を集めるのも私なので、アンドレイとアンヌの一人二役といった感じがしますが、まそれほどプレッシャーは感じていません。

何事も、「なるようにしかなりません」から。

とはいえ最近は普段の倍ぐらい、練習をやっていますが。

筑紫磐井が眠る
九州最大級の岩戸山古墳

演奏会を行うにあたり、先日その会場となる古墳へ向かいました。

なんでもその古墳は「岩戸山古墳」といって九州最大の規模を誇り、あの「磐井の乱」で有名な「筑紫磐井(ちくしのいわい)」を祀るといわれています。恥ずかしながらこの日はじめて知りました。

もちろん筑紫磐井については知っていたのですが。

岩戸山古墳の文化交流館前にある磐井の石像

 古代において日本列島を揺るがせた最大の内乱といわれる「磐井の乱」(527年・継体21年)。時は継体天皇の治世。皇統維持の危機を乗り切った矢先の大事件でした。

日本の正史である『日本書紀』によれば、磐井は朝鮮の新羅と内通して大和朝廷の大陸航行を妨害し、新羅の船を自身の領地へと招き入れていたといいます。さらには磐井は新羅より賄賂を受け取っており、朝廷に反旗を翻したので、物部 麁鹿火(もののべのあらかひ)を中心とした大群を派遣して約1年半の激戦の末に磐井を討ち取ったといいます。

この戦は、磐井の軍勢に対し、朝廷の力を結集した総力戦であったようです。もしもこの戦に磐井が勝っていたならば時代は大きく変わっていたといいます。磐井はそれほどの有力な軍事氏族なのでした。

『日本書紀』は当然、磐井を「反逆者」として描きますが、実際のところは、大和朝廷からの朝鮮半島への度重なる出兵の要請によって九州の豪族達の負担が増大し、不満が溜まり限界を迎えたことによる反発だという見方が有力なのです。

実際この岩戸山古墳の展示施設では、磐井が大和朝廷の圧政から民を救うために立ち上がった「英雄」として紹介し、郷土の誇るべき古き盟主を讃えるという立場ををとっていました。

以下のアニメは八女市が作成したようです。30分のアニメーションで磐井の乱について描かれていますが、同様の立場で描かれています。

磐井の勢力は強大で、天皇家とは違う「もうひとつの王家」とも呼べるほどの存在だったとも考えられます。磐井の乱は、大和王権にとって日本統一の戦争だったといいます。

『日本書紀』では磐井は戦に敗れて討ち取られたと記しますが、『筑後国風土記』ではどこかに逃げ去って生き延びたとされています。

現在、古墳の中には「大神宮」という神社があり、そこには皇室の祖先神である天照大御神がお祀りされています。

大神宮

磐井の敗北と、古墳祭祀から神社祭祀への移り変わりを象徴的に物語る光景に思えます。

筑紫磐井に向けて
演奏する形となっています

岩戸山古墳は被葬者が判明(筑紫磐井)している九州で唯一の古墳だそうです。

 この左下の別区というところが古代の祭場だった場所で、ここの左隅からちょうど古墳の中心部に向かって演奏する格好となります。

この別区には以下のような石人・石馬といった、本州の古墳でいう埴輪のような役割の遺物が佇んでいます。

石人・石馬埴輪と違って壊れにくいという優れものでしたが、磐井が敗れたことで大和勢によりこれらは破壊されます。この地域特有のこれらの遺物からも、この地域の文化が本州のそれとはかなり異なっていたことが分かります。

この岩戸山古墳には現在、文化交流館という施設が建設され、今回この二周年記念ということで雅楽を演奏します。

www.city.yame.fukuoka.jp

開館記念にはなんとあのまりこふん さんのライブが行われていたようです。

まりこふんさん kofun.jp

演奏会は今週末の11月25日(土)の午後6時開演です。入場無料とのことですので、お近くの方はぜひお越しください。

根拠はありませんが、なんとなく、それなりにいい演奏ができる気がします。

とりあえず頑張ります。

そして、演奏が筑紫磐井さんに届けばいいなと思います。

演奏会の映像はともかく、音源ぐらいはアップしてそのうち報告できればと思います。





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