日本人には二種類いる!? 知られざる1960年の断層

日本人には二種類いる!? 
知られざる1960年の断層

以前、私は明治大正時代を感じることのできた最後の世代ではないだろうか?と書きました。

私が子供の頃までは、明治時代からある家が近所にざらにあり、カマドや手押しの井戸ポンプなんかも見られました。汲み取り式便所が当たり前でしたし、肥として畑に撒いたり。今ではこういった光景は全く消えてしまいました。

近所の田んぼだった場所には巨大なショッピングモールや、大きなマンションが建ち、区画整理されたり、古い家は次々建て替えられ、すっかり変貌を遂げてしまい、明らかに違う時代になってしまったと感じます。

人は生まれた時代や環境によって価値観が大きく異なります。いわゆるジェネレーションギャップというものです。最近、社会に進出を始めたゆとり世代の全く異なる価値観が世間を揺るがしています。

最近の新入社員は、職場の上司や同僚に飲みに誘われても絶対に行かない。職場の懇親会に強制的に出なければならない場合は「残業代は出るんですか?」と質問してしまうなどいう話を聞きます。

団塊世代→バブル世代→ロスジェネ世代→ゆとり世代と、世代が移り変わるごとに「最近の若者の考えていることが分からない」と、ジェネレーションギャップは立ちはだかってきました。何も今に始まったことではありません。



日本人には二種類いる

『日本人には二種類いる 1960年の断層』著・岩村暢子(新潮新書)によれば、日本人は1960年を境として二種類に分けられるそうです。面白いタイトルだったのでこの本を手に取りましたが、戦後の世相変化を知る上でも役に立つ本でした。

1960年は昭和35年なので、この年に生まれた人は今年で58歳になられます。

「60年に生まれた人々は、歴史的にとても稀有な存在である」「なぜ稀有かと言えば、彼らが生まれると赤ん坊のための何かが、幼稚園に入る頃には幼稚園の何かが、小学校入学の頃には小学校の何かが変わるというように、彼らがその年齢に達すると、それを取り巻く制度や環境が大きく動いたり変わったりする不思議なめぐり合わせに、何度も何度も遭遇する人々だからである。それ以降に生まれた人々は、彼ら(‘60年生まれ)が初めて歩き始めた道を、まるで元からあった道のように歩き、固め、さらに前へと進んでいくことになるのだ。」(p.5より)

我々が暮らす現在の暮らしにとっての〈あたりまえ〉が始まったことが、1960年から始まったことだったのです。

生まれる場所も育てられ方も違う
1960年以降生まれ

以前は自宅出産が当たり前でした。私の両親も自宅で生まれたといいます。この自宅出産を施設出産が全体の割合において初めて上回った(49.9%が自宅 50.1%が施設)のが1960年だったのです。

住まいに関しては〈団地ブーム〉により、ステンレスの流し台、ダイニングテーブル、ベッド、水洗トイレ、蛍光灯などが普及し、プライバシーや防犯が確保される新しいスタイルに変化していました。

〈子供は少なく産んで大事に育てる〉と言われ始めたのが60年代からだそうです。(出生児‘50年234万人→‘60年161万人)子供の個性を尊重し、叱らずに褒めて育てる教育へと変化します。幼稚園でも「幼児の興味や欲求をじゅうぶん満足させるように」など、子供中心の教育が施されるようになります。

サラリーマンが労働人口の半数を超えたのが1960年。以降国民の多くがサラリーマンとなり、画一化した社会へと向かい始めた年です。

ファミリーレジャーが始まるのもこの時代。マイカーという言葉が生まれ、日本各地に遊園地などのレジャー施設が増加します。

子供の頃からアニメを観て育つのもこの世代でした。

ファストフード 
インスタント食品の普及

ポテトチップス、スナック菓子、アイスクリーム、炭酸飲料などが大きく普及してくるのは60年代。これにより味覚や嗜好が大きく変化したのではないでしょうか。人間は子供の頃に食べていたものを成長しても食べ続けるといいます。お酒のつまみにスナック菓子を食べる人、食事中にお茶ではなくジュースが飲める人も「60年型」だとこの本には書いてあります。

食事からして味付けが変わります。肉食が健康によいとされ、食の欧米化が進められます。マヨネーズ、ケチャップ、ソース、カレー粉、食用油、マーガリンといった今では当たり前の調味料が家庭に普及してくるのもこの頃。インスタントラーメン、インスタントカレーも登場します。‘60年は「食のインスタント元年」と呼ばれているそうです。

一方で‘70年は「外食産業元年」と呼ばれています。ハンバーガー、ピザ、フライドチキンなどのファストフード店や、ファミレス、コンビニが登場してきます。食事で外食する機会が増えるとともに、調理されたものを家で食べる中食も増えてきます。お弁当は家で作って外で食べるものから、外で買ってきて家で食べるものへと変わります。

冷凍食品が普及してくるのもこの頃。とにかく便利で手間がかからないことが求められた時代になりました。

‘60年生代まれって結局どんな人たち?

‘60年生まれの人は現在58歳ぐらいですから、サラリーマンの場合、会社では結構上の役職だったり、責任の重い立場になっている人たちです。

しかし、この方々が社会に進出した当時こういうことがいわれていたようです。

企業では、「‘83年入社組は、それ以前の入社社員と違っていて驚いたものだ」とか、「この世代から、アフターファイブの飲みニケーションが敬遠されるようになった」「この後の世代と前の世代では何か感覚的なものが違って、言葉が通じないことがある」などという話をよく聞く。(p.218より)

なんだかゆとり世代と同じような衝撃を持って迎えられたことが分かります。

この世代の人達は、小さな頃からテレビアニメを観て育ったようです。60年代生まれの人々はガンダム世代であり、大人になって家庭を持った後でもアニメを観たり、漫画を読んだり、ゲームをしたりする世代であり、アイドルに熱中したりするといった、いわゆるオタク文化の創成期を牽引してきた人達でした。

一人部屋でテレビを独占できた子供達は一人で過ごすことに慣れ、マイペースな人になってしまいました。ウォークマン(‘79年)のヒットで、ヘッドフォンで外界の音をシャットアウトしてしまう若者ヘッドフォン族が登場します。

現実よりも仮想にどっぷりで、いつまでも好きなことをして過ごしたい。つまり、いつまでも子供でいたいというのが、〈60年型〉といいます。

仮想とはアニメだったりゲームだったり、アイドルだったりするのですが、宗教の場合もありました。オウム真理教の幹部のほとんどは60年以降に生まれた若者でした。

現実の世界の向こう側に、何か救いがあるはずだ。」

こういう考えは、お金さえあれば家族がいなくたってコンビニやファストフードで空腹を満たせる。楽しいおもちゃやグッズも手に入るといった、充足された時代となったからこそ起こった問題意識かと思われます。

便利さがもたらす問題は厄介なものです。





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