人はなぜディストピアを創り出すことをやめられないのか? 小説『1Q84』を読んでから考えてみる

前回、村上春樹さんの小説『1Q84』について思うままに書きましたが、今回はタイトルの通り「人はなぜディストピアを創り出すことをやめられないのか?」について、考たいと思いました。ディストピアとは反ユートピア、すなわち「理想郷」とは全く反対の「地獄」の世界を言います。

今回も『1Q84』の作中に関することを書きますのでネタバレ注意です。今後楽しみに読もうと考えている、あるいは読んでいる途中の方は自己責任にてお読みください。

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ビックブラザーとリトルピープル
聖なる王を殺すこと

この小説『1Q84』の前提としてあるのが、1949年にイギリスで発表された有名なジョージ・オーウェルの小説『1984』ですが、この2つの作品を比べて共通する部分といえば、両作品ともディストピアを描いた作品ということでしょうか。

『1984』では”ビックブラザー”という、ピラミッドの頂点に君臨する独裁者のもと(実在は不明)極端な全体主義国家体制が敷かれ、人々はほとんどの自由を奪われて生活するといった地獄のような世界が描かれています。

一方の『1Q84』はというと、社会全体は地獄でないにせよ、個々人にとっての地獄が描かれています。『1984』の場合では”ビックブラザー”が「根元的な悪」ですが、『1Q84』の場合は”リトルピープル”という妖精のようなちっさいおっさん達が「根元的な悪」ではないかと考えられます。

『1Q84』の作中ではジェームス・フレイザーの『金枝篇』の話が引き合いに出され、リトルピープルについて説明がなされています。以前この本について私は以下のような文を書いています。

ジェームス・フレイザーという人はイギリスの社会人類学者で、彼の代表作の『金枝篇』という本は1890年に初版が出版されました。イタリアのネミ村の祭司はなぜ「聖なる樹の枝」の枝を手にした者と戦い、殺される宿命にあったのかという謎を追い、およそ40年もかけて著された13巻からなる大著であり、民俗学・神話学・宗教学の基本書として高く評価され、後の学問に多大な影響を持ちました。大学の宗教学での講義では必ず出てくる重要な本です。

(中略)

「聖なる王を殺すこと」とは、どういうことかといいますと、古代社会において「王」という存在は自然の運行を守り、いわば宇宙の動きの中心であり、四方八方へと力を発するような存在だと考えられていたようです。

(中略)

その王が年老いて力が弱ってきたらどうなるのか。

王の力の衰退が自然界の恵み、豊穣を脅かすことに繋がってしまう(感染の原理)と古代人は考えました。よって力の衰えた王は継承者に殺されなければなりませんでした。王の霊魂が衰えによってひどく力が損なわれないうちに、王の身体、生命力に衰えの兆候が見えたら、たちどころに殺して、その霊魂を元気な継承者の内に取り込まねばなりません。もし病気で王が死んでしまえばその霊魂はどこかへ行ってしまい、捕まえることができないと考えられていたからです。(ロックンロールは呪術だった!?③J・フレーザの『金枝篇』王殺しから読み解く より)

『1Q84』に登場するリトルピープルについて様々な憶測が飛び交ってはいますが、この小さいおっさんたちこそ、この『金枝篇』でいうところの王が王たる状況を作り出す重要な役割を担う存在でした。人間を支配する声をもたらす存在として。それと同時にやはりこれは「根元的な悪」なのです。

「聖なる王を殺すこと」が『1Q84』では青豆さんによって実行され、残された信奉者たちは自分たちを導いてくれる「声を聞く者」を失ってしまいます。「声」とはリトルピープルによってもたらされていました。

『1Q84』に描かれるディストピア

このリトルピープルがどんな地獄をもたらしたのかを、『1Q84』の作中から拾い出して見たいと思います。

この作品では、深田絵里子という少女の書いた「空気さなぎ」という小説を天吾くんが書き直して出版します。この絵里子こそ、リトルピープルの発見者だったのですが、この行為が反リトルピープル作用となります。

この深田えりの父の名前は深田保(たもつ)は大学の教員でしたが、時は1960年末の学生運動まっ只中。革命思想信奉する学生たちと共にセクトを率いて大学に立てこもるなどの激しい活動で警察に逮捕され、大学を解雇。

その後彼はその学生10人程度を引き連れて『タカシマ塾』という自給自足で共同生活を営なむコミューンに入ります。ここは行き場を失った彼らのとりあえずの避難所となりますが、やがてそこを離れて独立します。山梨の山中の過疎の村のひとつに、10人のメンバーが生活を送れる施設と作り『さきがけ』と名乗ります。彼らは田畑を耕し有機農法の野菜を都会に売り出して利益を得ます。

多くの人がユートピアを求めて『さきがけ』にやってきて加わり、緩やかな共同生活を営んでいましたが、かつての革命指向の武闘派が分派独立し、『あけぼの』と名乗り、少し離れた場所へ移り暮らします。その後武力による革命を目指していた『あけぼの』は警察との銃撃事件を起こして壊滅します。一方の『さきがけ』は農業コミューンから宗教団体へと、閉鎖的なカルト団体に変貌していきます。ここで深田保は教祖として絶対的な存在となります。

深田保は自分の娘を含む10才になるかならないかくらいの少女たちを、宗教義礼として強姦していました。ことが許せない青豆さんは、深田の殺害を決心するのでした。

この作品の中に登場する団体名はもちろん架空の団体ですが、モデルが露骨にわかります。

タカシマ塾=ヤマギシ会

あけぼの=連合赤軍

さきがけ=オウム真理教

といったように、実名こそ出ないものの、それぞれの団体の特徴からして容易に想像できます。

私は大学時代、宗教学を専攻していましたが、宗教社会学の科目で後期まるまる使って「カルト」の問題について学びました。ヤマギシ会、連合赤軍、オウム真理教はもれなく全てこの講義で題材として上がっていました。ちょうど『1Q84』BOOK3が出版された2010年のことです。この時に読んでいればさぞかし面白かっただろうと思います。

この3つの団体は、世の中に多くのディストピアをもたらしました。

ヤマギシ会

幸福会ヤマギシ会(こうふくかいヤマギシかい)は、農業・牧畜業を基盤とするユートピアをめざす活動体(農事組合法人)。通称は「ヤマギシ会」「ヤマギシ」。1953年(昭和28年)、山岸巳代蔵の提唱する理念の社会活動実践母体「山岸式養鶏会」として発足、約10日後に「山岸会」に改名、1995年(平成7年)に名称を「幸福会ヤマギシ会」と変更。所有の概念を全否定し、「無所有一体」の生活を信条としている。1960年代に起こった、いわゆるヒッピー共同体(原始共産主義)に例えられる場合もある。アーミッシュとは、その意味合いが異なる(アーミッシュはキリスト教と家族を重視)。

売り上げ規模では農事組合法人のトップに位置している。ヤマギシズム社会を実践する場であるヤマギシズム社会実顕地が全国に26か所あり、約1500人が共同生活を営んでいる。また、ブラジルやスイス・韓国・オーストラリア・アメリカ合衆国・タイなど日本国外にも6箇所の社会実顕地があり、社会実顕地に未参画の会員が5万人ほどいるとされる。ヤマギシズム社会実顕地では野菜や果物、家畜などが育てられており、農産物加工品を全国販売している。「エコビレッジ」の先駆者として評価されることもある。(Wikipediaより)

現在も活動する団体なので、ディストピアなんて言ったら失礼になるかとは思いますが、このヤマギシ会のコミューンで生まれ育ったという方の書いたマンガを読めば、少なくともここで過ごしている多くの子供たちにとってはディストピアなんだと思います。

カルト村ってどんなとこ?〉
●大人と子供の生活空間が別々 ●朝5時半起床で労働 ●布団は2人で1組
●食事は昼と夜のみ ●卵ミルクを飲ませられる ●お小遣いはもらえない
●すべてのモノが共有で、服もお下がり ●男子は丸刈り、女子はショートカット
●ビンタ、正座、食事抜きなど体罰は当たり前 ●手紙は検閲される
●テレビは「日本昔ばなし」のみ ●漫画は禁止、ペットも飼えない
●自然はいっぱい。探険など外遊びは楽しい♪

(「BOOK」データベースより)

著者の高田かやさんはヤマギシ会のコミューンで生まれ育ち、19歳の時にご自身の意思でそこを出られ、現在は結婚され普通の暮らしをされているとのことです。

連合赤軍

連合赤軍(れんごうせきぐん)は、1971年から1972年にかけて活動した日本のテロ組織、新左翼組織の1つ。共産主義者同盟赤軍派(赤軍派)と日本共産党(革命左派)神奈川県委員会(京浜安保共闘)が合流して結成された。山岳ベース事件、あさま山荘事件などを起こした。

山岳ベース事件は、あさま山荘事件などで逮捕された者らの自供により明らかになった大量殺人事件である。これは、警察の捜査網から逃れるため山中に山岳ベースと呼ばれる山小屋を建設して潜伏中に、「総括」と称して連合赤軍内部で粛清が行われたもので、集団リンチを加えて12名を殺害した。また、革命左派は、連合赤軍結成以前に組織を脱走した20歳男性と21歳女性の2名を殺害している(印旛沼事件)。

あさま山荘事件は、山岳ベースから逃亡した連合赤軍メンバーが、某企業の保有する宿泊施設を占拠して起こした人質篭城事件で、銃器で武装した若者らは9日間にわたり警察とにらみ合った。この模様はテレビで中継され、社会に強い衝撃を与えた。(Wikipediaより)

その後の彼らの仲間だったメンバーは日本赤軍を結成し、テルアビブ・ロッド空港事件、クアラルンプール事件、ダッカ事件といった数々の事件を起こす、国際的なテロ組織として世界を戦慄させます。

 

オウム真理

オウム真理教(おうむしんりきょう)は、かつて存在した麻原彰晃を開祖とする新興宗教。日本で初めて化学兵器のサリンを使用し、無差別殺人を行った組織でもある。(Wikipediaより)

もはや説明不要の団体ですが、このオウム真理教の前身団体、オウムの会が発足したのが1984年でした。『1Q84』に込められた意味の1つではないかと思います。この作品に登場する「さきがけ」は上記3つの団体の要素を含む言わば、ディストピアの合わせ盛りのような団体でした。



ユートピアを作るのに
失敗するだけならまだしも

ヤマギシ会、連合赤軍、オウム真理教の3団体は全て、ユートピア建設を目指す団体でした。

ヤマギシ会は、農業・牧畜業を基盤とするユートピア建設を目指していますが、子供たちにとっては空腹や強制労働、体罰が日常化しているディストピアでした。

連合赤軍は武力による革命によって社会変革を目指しました。資本家に独占されている富を、汗水流して一生懸命働く人たちに正しく分配される、平等な社会を目指していたのですが、彼らの活動で対峙する警官が何名も命を落とし、そればかりか組織を維持していくための粛清として、集団リンチで12名もの仲間を殺害してしまいます。

オウム真理教は仏教をベースにした宗教でした。全ての苦悩から救われるために出家してみんなで集団生活をしながら修行をしていました。仏教の目的は悟りの境地に入り、一切の苦しみから解放されること。ストイックに仏教の教えに基づいた道を極めようとする団体として、当時は教団を高く評価する学者も多くいたほどでした。

しかし、オウム真理教は目的のためならば手段を選びませんでした。彼らの考えの究極のところは、「人は生きていく上で罪を犯し続ける存在。これでは救済から遠のく一方。ならば殺してあげて、せめてもの救済を与えようではないか。」彼らも内部粛清を多く行いましたし、坂本弁護士をはじめとする反体制力をことごとく殺害し、最終的には毒ガスを製造して散布。自身が予言したハルマゲドンを自らで実行しようとしていました。

ユートピアを作るのに失敗するだけならまだわかります。ですが、結果的にはそれとは全く逆のディストピアを作りあげてしまうのはどういうことなのでしょうか。これは先に触れた宗教社会学の科目にて先生は以下のように私に教えて下さいました。

その原因の1つには実現不可能な目標を掲げてしまったことといいます。

理想は素晴らしくとも、一向に実現しないと組織は緊張状態に陥ります。そして、仲間の誰かが足を引っ張っているのではないかなどと疑い始めます。そんな状況に陥り、組織の意に沿わないことなど言おうものなら、組織の分裂を防ぐために村八分にされたり、排斥されるなど、究極は粛清され命を奪われますます。

どのような団体でもカルト化する可能性があるといいます。共同体、学生グループ、宗教といった出発点から上記3つの団体はカルトになってしまいました。これはネガティブ化した結果といいます。恋愛がネガティブ化すればドメスティックバイオレンスを引き起こし、自分探しがネガティブ化すると、自己啓発セミナーのようなものを生み出します。

実現不可能な目標を掲げてしまったり、高い理想を人や社会に求めすぎるとネガティブ化するのではないでしょうか。

保育園で保護者の勉強会があり、この間行ってきたのですが、なぜ子供が攻撃的になるのかという問題に対して講師の先生は「愛情に飢えているから攻撃してくる。愛情が十分で満たされている子供は他人を攻撃することはしません。」と仰いました。

愛情もそうですが、人間は欲求が満たされないと確かに攻撃的になります。結局この世の中に必要なことは思いやりと、相手のことを理解しようとする努力。そして身の丈にあった生き方、地に足を付けた生き方をすることが大切なんだなと、なんだか道徳の授業のようになってしまいましたが、締めくくりといたします。

ですが、もちろん希望は忘れずに持ち続けましょう。どこで満足するか折り合いが難しいですけど。

今回は長文になり失礼いたしました。最後まで読んで下さった方は本当にありがとうございます。





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